鬼の夏休み18

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「カップルとか女の子同士が多いですよね」
 良太は店内を見回した。
「まあ、雰囲気がええもんな」
「いいですよね。ここ、ロケとかOKしてくれるのかな」
 ついボソリと口にしたセリフに、千雪が笑う。
「すっかりプロデューサーやってるやん」
「え、いや、そんな大それたもんじゃなくて、いざって時のストックがないと」
 二人は思いのほか腹が減っていたようで、パスタもカレーもそれなりに美味かったが、「これ、めっちゃうまい!」と舌鼓をうったのは、クロワッサンだ。
「ほんまうまいな」
 二人とも食べている時は口数も少なく、コーヒーが出てやっと落ち着いた。
「あとでパン買っていこう。杉田さんにも」
「あ、工藤家の家事やってる人?」
「そうそう。平造さん、今、人間ドックなんで、その間きてくれてるんですけど、知ってます?」
 良太は説明した。
「いや、名前だけ、逢うたことはないけど、古くからの人やろ? 藤原さんに聞いた」
「ほんとですか? 藤原さんて何者?」
 あの慇懃な藤原氏が杉田のことまで知っているとは。
「せやからな、藤原さんて、子供の頃からあの綾小路のうちで育ったらしいね。夏とか冬とかあこの別荘に来るときはもちろんついてきはったらしうて、お使いの途中で工藤家のきれいなお嬢さんに逢うて、憧れやったみたいやで」
「それが? 極妻?」
 良太は少し声を潜めて聞いた。
「せや。藤原さんが十歳くらいの時、古い資産家の工藤家のお嬢さんはこの界隈でも評判の美人やったらしい。高校生くらい?」
 一口コーヒーを飲んでから千雪は続けた。
「ものすご美人やけどものすご勝気なひとやったて。そのお嬢さんがたまたまこの地を訪れとった当時の中山組の若と出くわして、まあ、所謂恋に落ちよったいう」
「略取とかじゃなくて?」
 良太は聞き返した。
「相思相愛。当時あっという間に二人のことが知れ渡ってしもて、工藤夫妻は、中山組まで出向いて一人娘を返してくれ、言うて談判しはったみたいやけど」
「うわ、勇気ありますね?」
「そら、掌中の珠をかっさらわれよったらな。けど、両親に引導渡したんはお嬢さんで、自分は若と一緒になる、勘当してくださいて頭下げたいう話で」
「すっげ……」
 良太はしばし、小説より奇なりな話にしばし呆気にとられた。
「俺、何か、中山組の先代が工藤さんのそのお嬢さんに一目ぼれして無理やりみたいなこと考えてましたけど」
「今、八十歳くらいか? 先代は十年くらい前に亡くなったけど、お嬢さんの方は今もバリバリの姐御や、いう話」
 良太はしかし、少し眉を寄せた。
「でも、そんなみてきたような話………」
「見てきた話やね、それが。藤原さんのガキの頃の知り合いが、親が中山組やって必然的にその知り合いも元中山組で、真面目なヤツやったらしいけど、そいつに話聞いたて」
「え、平造さんの他に、元中山組がいるんですか?」
 意外な展開に良太は確認した。
「いや、その人はもう亡うなったらしい。で、平造さんの知っているお嬢さんいうんは、さぎりさんのことや」
「さぎりさん?」
「中山組の先代の奥方が生んだ娘を、両親に託したんがさぎりさん。つまり工藤さんの母親や」
「はあ……」
「まあ、自分の娘を抗争やなんかに巻き込みとうなかったんやろな、極秘裏に親に渡したつもりやってんけど、いつの間にかどこからか漏れてしもて、噂も広まって、工藤夫妻はさぎりさんを遠い私立の学校の寮に入れたらしいねんけどな、学校でもどこからか知れてしもて、結局地元に戻って来てんけど、相当なストレス抱えてたいう話で」
 えらく具体的な話である。
「って、誰の話ですか?」
 良太は聞いた。
「平造さん。前にちょっと聞いたことがあるんや。平造さん、先代の奥方の命で、さぎりさんを陰でガードしとったらしいね」
「え?」
 良太は驚いた。
「それが米兵と出くわして、ここが親子やろか思うんやけど、前のめりになってしもたんやな。米兵は夢中になったさぎりさんを残してとっとと帰還してしもて音沙汰なし、さぎりさん適応障害とかで入院してたんやけど、妊娠がわかった時はもう精神的に追い込まれてた時で、工藤さんが生まれて間もなく、飛び降りやったらしいけど」
 さらっと千雪は話すが、きつい話だ。
「それって、工藤さんも知ってる?」
「多分。まあ、その後工藤さんを育てた曽祖父が先に亡くなり、曾祖母が亡くなる時、先代の奥方が工藤家の弁護士を後見人に、平造さんを親代わりにしたいう話や。良太はそのうち、工藤さんからちゃんと聞いたったらええわ」
 そこで千雪は口を噤んだ。
 ただ聞いているだけでも重い話で、二人ともしばらく言葉もなく、氷が解けかけたアイスコーヒーを飲んだりしていた。
「ああでも、工藤さんに同情するとかはない思うで?」
「え?」
 思い切り工藤を同情の目で見ていた良太は聞き返した。
「工藤さんの中ではとっくに過去のことやし、特に母親とか逢うたこともないわけやから」
 千雪はクールに言い切った。


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