真夏の危険地帯12

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 伽藍に思いがけない訪問があったのは夕方近くになってからだ。
「よう」
 グレイのTシャツに生成りのチノパン、やはり生成りのジャケットを羽織った男はフレームレスの眼鏡をかけていた。
 大学時代は髪を長くしていたこともあったが、一度切ってからはずっと短めに揃えている。
「珍しいな、常に多忙なみっちゃんが」
 軽いスニーカーのせいか、音もたてずにすっとカウンターのスツールに座ったみっちゃんは、一人でいると人気グループのメンバーであるような気配をすっかり消して、かろうじて髪の栗色が普通のサラリーマンではないと思われる程度だ。
「いや、もとはと言えばこっちが頼み込んだ話だし、ちょっと大ごとになっちまったからな」
 言葉遣いも静かで目立たない。
「今更、よく言うぜ」
 元気はコーヒーを入れてみっちゃんの前に置いた。
「あ、俺が最初から想定済みでやったとか思ってるな?」
「じゃないのか?」
「正直半分は予想外。アンコールだけだと侮っていた。こんな超短時間で情報が浸透するとは、俺の脳ミソもひからびた」
 苦笑いするみっちゃんに元気は怪訝な視線を向ける。
 絶対何かなければ、わざわざこんな田舎にみっちゃんが出向くわけがないとはよくわかっている。
「謎は憶測を呼び憶測は更なる謎を呼ぶ。謎ってやつに人間はどうしても興味をそそられずにはいられない」
 みっちゃんはわざとらしいことを紛らわしく口にする。
「お前な……」
「涼子がインタビューで釘を刺したものの、ファンは大抵、事実をわかっていたとしても今後元気をまた見たいがために公表したりせず、内々にとどめておいてくれるだろうが、問題はファンじゃなくて、業界の有象無象どもだ」
 店内には観光客らしい年配の女性が二組ほど。
 こそこそ話す二人の会話を聞こうとするものはないが、みっちゃんはさらに声を抑えて続ける。
「去年のバカ坂プロのこともあるし、そっちからお前の正体がバレたりしないように、きっちり手は打ったから安心しろ」
「手を打ったってどうやって?」
 いくらみっちゃんでもどこぞのフィクサーでもあるまいし、マスコミを抑えられるほどの力があるはずがない。
「そりゃ、持つべきものは人脈ってやつ。鈴木弁護士事務所」
「一平の親ンとこ?」
「前の事務所を辞めるときも、お蔭サマサマだったけど、鈴木事務所の真理子弁護士のクライアントに、業界を牛耳っているとかいう大手事務所のドンがいて、真理子弁護士はそのドンに大きな貸しを持っているらしく」
「何か、きったねぇ話だろ」
「きれいごとばっかじゃこの業界渡っていけないっての。とか言っても、別に法律に反するようなことじゃない。要は真理子弁護士がかなり信頼されているってだけ。だから、ちょっとGコーポレーションの社員のことで困ってるってそのドンの前で呟いてもらったら、何もお願いしたわけでもないけど、情報が抑えられたと」
 この際一つでも杞憂の原因がなくなるのなら、元気も深くは聞かないことにした。
「しっかしなぁ、俺が目測を誤ったっつのは、やっぱな」
 うーん、とみっちゃんは言葉を切った。
「何だよ」
 今度は何を言い出すんだと元気はみっちゃんを軽く睨む。
「独立した時点からでも、お前のルックスと一平のカリスマ性で新たに売り出してれば、人気も今の倍増だったなと。どっちかってと、ブスッ面の一平メインにするよか、あんなマスクで隠してたって、アイドルとか吹っ飛ぶくらいメディア受けバッチシだし、今朝の見たか? お前、ほんとテレビ映りのいいこと」
「いい加減にしろよ」
 またぞろ頭痛がするようなことを並べ立てるみっちゃんに元気は語気もきつく言い放つ。
「大体、涼子のあれ、何だよ、詮索したら二度とステージに立たないとか、裏を返せば、また俺にやらせようって魂胆みえみえ」
「あら、ばれちゃった? そういえば今日は紀ちゃんは?」
「友達と旅行。話を逸らすな」
 にやっと笑うみっちゃんはやがて立ち上がり、コーヒー代きっちり三五〇円をカウンターに置いた。
「それより、一つ重要な問題があるんだ。今夜、時間あるか? 豪のやつは仕事でいないんだろ?」
「まあ、いいけどな」
 元気は胡散臭いと思いつつ仕方なく頷いた。
 豪はオーストラリアに発ったはずだ。
 朝、車の音で元気が目を覚ました時には既にいなかった。
「どっかいい店連れてけよ」
 客が入ってきたのと入れ替わるように、じゃ、あとで、とみっちゃんは店を出て行った。
 何だよ、重要な問題って。
 またしても頭を悩ませそうな何かに、元気はモヤモヤしたままカウンターを出て、新しい客のオーダーを取りに向かった。

 


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