風呂から上がると、元気は冷蔵庫を開けてポカリスエットを取り出し、半分ほどを飲み乾した。
髪をタオルで擦りながらポカリスエットのボトルを持って元気は自分の部屋へと階段を昇る。
開いた窓から流れてくる風が髪を揺らして通り抜ける。
さらさらと流れるのは風ばかりではない。
こうしているうちにも静かにさりげなく時間が流れていく。
こっちに戻ってきて既に四年になろうとしている。
何もかもが同じところにはいない。
何か、どこかしらは変わっていく。
ポカリスエットを飲み乾そうと口に持って行ったところで、ジャカジャカと携帯が鳴った。
もうすぐ午前零時になろうとしている。
相手はわかっていた。
勝手にGENKIの曲を、元気のギターのところだけ着メロに設定していった男からだ。
「なんだ」
つい声が不機嫌になる。
「……あんま、時差ないから、まだ起きてるかと思って」
「お前、GENKIの事務所に寄ったんだってな」
「……みっちゃんに聞いたんだな」
「わざわざこっちまで出向いてな」
しばしの沈黙があった。
「わかってる! あの人、みっちゃん、俺をあんたから引き離そうとしてんだ!」
元気は思わず携帯を遠ざける。
「でかい声出すな! バカ」
「あんたがライブに出るの俺が邪魔すると思ってるんだ! 俺はそんなこと考えちゃいない! 俺は、ただ…!」
「くだらないこと考えてないでもう寝ろよ!」
「眠れない……、なあ、元気もこっちこないか?」
「アホか、飲んでるな」
どうやら結構飲んでいるらしいのは、ちょっと呂律がおかしいことでわかる。
「そら飲んでますよ。明日からまだ三日も残ってる……あーあ、何で元気、ここにいないんだよぉ」
「いい加減にしろ、切るぞ」
「冷たい! 元気! もし俺の乗った飛行機が落っこちたら、これが最後の元気の声だってのに!」
「てめぇ、けったくそわりぃこと言ってないで、ちゃっちゃと仕事して、とっとと帰ってこい! このドアホ!!」
また少し間があった。
「俺、泣きそう。やっぱ、元気も俺がいないと寂しい? な、そうだろ? 俺ばっか元気のこと好きすぎて」
まあ、女がほっとかなくても、みっちゃんの言うような杞憂は今のところなさそうだが。
「あ、ああ、もう、俺、ダメだ。また元気のこと、欲しくなっちまったぁ! な、な、元気、エロい声、聞かせて……」
「勝手にサカってろ! 酔っ払い!」
「え、元……」
アホ面で携帯を握りしめている豪が目に見えるようで、元気は苦笑した。
数日後、かろうじて台風が来る前にオーストラリアから戻ってきた男が、早速伽藍にやってきてアホ面をさらした。
「ただいま、帰りましたぁ!」
「豪さん、お帰りなさい!」
紀子が明るい声で出迎えた男を、ちょうどまったりとお茶を飲んでいた東が振り返る。
店内の風景画などは、元気の高校の同級生で母校の美術講師をしているちょっとメタボになりつつあるこの男の作品だ。
「あ、ちょうどよかった、東さんにも土産、あるんすよ」
豪がバックパックから取り出したワインと可愛らしいコアラのストラップを渡されて、東はにんまり。
「お、今回はオーストラリアか、豪。ありがたく頂戴するわ」
「そらもう、東さんには何かとお世話になってるし、紀ちゃんにはオーガニックコスメだよん」
「わあ、さっすが豪! わかってるよね~! ありがとお!」
ハンドクリームやらリップバーム、それにプラセンタクリームやらを渡されて、紀子も大喜びだ。
しかし何やら異様にテンションが高い豪に、元気は怪訝な視線を向ける。
「元気には、ルピシアのお茶と蜂蜜、それに現地に住んでる人に勧められたジャム。うまいってよ」
「……おう、サンキュ」
お茶は嬉しいが、無事に豪が帰ってきたことにほっとしているのだとは、元気は口にしない。
客も少ないのをいいことに、テーブルに陣取って、これはどこで撮った、ここの海は恐ろしくきれいだった、と豪は紀子相手にカメラの画像を見せ始めた。
「うわ、可愛い! これ、さわりたい、コアラ!」
紀子は一つ一つの画像に声を上げている。
「しかし、蒸し暑いな…台風くるんか、やっぱ」
カウンターで頬杖をついた東がひとつ欠伸をした。
「まあ、この辺りはちょっと掠めるだけだろ」
こんなのんびりとした日常がいいとか思ってしまうのは、年を取った証拠か。
それこそ年より臭いことを心の内で呟いて、元気は紀子と笑いあっている豪をチラと見やる。
そんな賑やかな時間帯にドアを開けて入ってきたのは、例の雑誌社の名刺をくれた天木と名乗った男だった。
back next top Novels
