良太がコーヒーを入れて戻ってくると、秋山が言った。
「今はまだ俺と良太、それにアスカさん以外に社内の者にも何も言っていません」
「あ、一応軽井沢の平造さんには伝えるように工藤さんに言われたんで、伝えました」
千雪が言った。
「けど何で千雪さんに?」
良太は聞かないではいられなかった。
秋山も良太や秋山でなくなぜ千雪に連絡したのかということは疑問だった。
「おそらく時間がないと思ったんやないですか? こういう事件に慣れていることと小田さんともつながりがあるいうことで」
確かに、千雪の説明は一理あり、一応は二人とも納得した。
「いきなり現場の動画と『薬を盛られた、俺に濡れ衣を着せようという輩がいる。小田に連絡を取ってくれ』いうメッセージが届いたんで慌てて電話したんです」
三人は千雪をじっと見つめた。
「八時に下柳さんと『ブラン』で待ち合わせたが、携帯を忘れた下柳さんの伝言だと言って制作スタッフからセントラルハイアットホテルの『スマイル』に変更したという連絡が入った。『スマイル』で待っていると店に工藤さん宛の電話が入ったので移動したが、何も言わずに電話は切れた。カウンターに戻ると女がいて、自分のグラスの酒を一口か二口飲んだら朦朧としてきて、その女と店のスタッフに担がれてホテルの部屋に入った頃には意識がなくなっていた。気が付いたら、その女が血まみれで床に倒れていて、工藤さんの手には血の付いたナイフがあった」
千雪はそこまで話すと一息ついた。
「ざっと早口で工藤さんはそんなようなことを話して、小田さんと良太と平造さんに知らせてほしいと言って電話は切れました」
続いて秋山が言った。
「工藤さんが手が離せなくて連絡でけんかったいうて、下柳さんに先ほど連絡を取ってみたところ、『ブラン』で三十分経っても工藤さんが来なかったので、携帯に連絡を入れてみたそうですが、出なかったので、きっと仕事が長引いているんだろうと思って帰ったそうです。下柳さんにはまだ工藤さんのことは知らせていません」
小田は「なるほど」と言いおいて、「工藤の話はこういうことです」と話し始めた。
「小林くんの話の通り、八時に下柳さんと待ち合わせていたのは『ブラン』だったのが、その前の打ち合わせで会った局の先輩プロデューサーの紺野さんと小料理屋『花暦』で飲んでいた時に、下柳さんのスタッフを名乗る男から電話を受けた。名前を聞かなかったが、制作会社の受付あてに下柳さんから携帯を忘れたので工藤さんに店を変えたいと伝言をしてほしいという連絡があり、スタッフの男性が受付から聞いて工藤に連絡をした」
小田はそこで言葉を切って、広くなってきた額にさらに皴を寄せた。
「工藤はその時、下柳さんがホテルのバーを指定したことを妙に思ったが、紺野さんと別れてからセントラルハイアットホテルの『スマイル』に向かった。店に着いたのは八時前で、カウンターで酒を飲んで待っていたところ、工藤宛に店に電話が入ったので、受話器を持って人の来ない方へ移動して電話に出たが、つながっているようだが相手は何も言わずやがて切れた。それでカウンターに戻ると、カウンターに一つ置いた席に殺された女が座っていた」
小田は「殺されたのがその女だとは着ていたワンピースの色が派手な赤だったからそうだろうと思ったと言っている」と付け加えた。
「工藤は酒を少し飲むと頭が朦朧としてきて、そのうち女と店員とでホテルの部屋に連れていかれたがそこで意識を失ったと。殺された女は六本木のクラブ『ベア』のママで、松下美帆。それは警察が言ったので初めて知ったそうだが、警察の話では『ベア』のチーママがママと工藤が付き合っていたと証言したらしい。警察は松下美帆と工藤が別れる切れるの痴話喧嘩で咄嗟に工藤が美帆を滅多刺しにしたというシナリオで工藤を取り調べている、ということだ」
小田の話が終わるとしばし皆が沈黙した。
「工藤は実際あったことを取り調べでも話したが、端から工藤を犯人と決めつけている警察は耳を貸さないようだ。なので黙秘している」
「六本木のクラブ『ベア』も松下美帆も工藤さんの周りに記憶にありませんね。少なくともチーママの証言というのは勘違いか、偽証でしょう」
ややあって秋山が断言した。
良太は秋山の話に、当たり前だと怒りが湧いてくる。
というより、工藤がはめられたのであれば、その松下美帆と付き合っていたという事実もないのだ。
良太は拳を握りしめた。
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