サンタもたまには恋をする6

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「平べったいモチかな? これは」
 飯倉の嫌味な声がアトリエに響く。
「やったぁ、成功。実は先生、これは先生にだけ平べったいモチに見えるように描いたんです。だまし絵の一種ですね」
 実際、誰が見てもベンチにのびている猫を描いたものだが、悠の切り返しで、クラス中にクスクス笑いが広がる。
 途中でクラスを変わることもできない以上、卒業まで悠は飯倉のクラスで絵を描くことになるのだが、可愛い教え子であったはずの悠の絵を、飯倉はことごとくけなし始めた。
 地を這うような評価をもらったとしても、ああ言えばこう言う、減らず口だけは悠も負けてはいなかった。
 卒業制作においても、当然のことながら悠は飯倉とぶつかった。
 テーマを考え、ラフを見せて、担当教授である飯倉のGOサインが出なければ制作にとりかかることができない。
「あんたに認めてもらわなくても結構だ。俺は俺だけの卒制をやる。世間をあっと言わせるようなやつを描いてみせる」
 何度もダメ出しをくらった悠は、みんなの前で飯倉にそう啖呵を切った。
 それから自分の卒業制作を発表できるギャラリーを探していたのである。
「あ、やっときた、ハルちゃん、ごめーん、実は今夜から彼氏がくるんだ。だから、他の誰かんとこ行ってくれない?」
 悠がアトリエに入るなり、面倒見のいい萩原悦子が駆け寄ってきて悠に両手を合わせる。
「遠恋の彼氏、帰ってくるのか。わかった、世話んなったな」
 母親を中学生の時、昨年は相次いで祖父母を亡くし、天涯孤独になった悠は、それまで借りていた一軒家を出てアパートに移った。
 だがやがて蓄えも底をつき、家賃を五ヵ月もためて追い出された。
 それから悠は友達の家や大学に寝泊りして暮らしている。
「ったく、しゃーねーな。うちくるか」
 二人のやり取りを聞きつけて、高津が色のついた筆を突き出す。 
「うわ、よせ、絵の具つく! 高津の部屋狭いじゃん。いいよ、ここで寝るし」
 悠はどうということのない顔で言う。
「夏じゃあるまいし、こんなとこで寝たら凍死すっぞ!」
「わかったよ、じゃあ、行ってやらあ」
「このやろ、お願いしますくらい言いやがれ」
 飯倉とのバトルを面白がろうと、クラスのみんなは、からだに似合わないガテンバイトまでやっている悠の事情を知っていて、気軽に食料や部屋を提供してくれるありがたい仲間たちだ。
「けどよ、お前、意地張ってねぇで、例の金、使ったら? 親父さんからの養育費、ばあちゃんたち貯めといてくれたんだろ? それに、今後のことも親父さんに相談してみるとか」
 ぼそっと高津が悠に言うのに、「ぜってー、いやだ!」と悠は聞く耳を持たない。
「頑固なんだからよ。野垂れ死にしたお前の骨なんか拾ってやらねぇからな、俺は」
 この高津は、悠の秘密を知っている唯一の人間でもある。
 秘密、というほど大仰なものではないが、悠の父親は現代日本画壇の巨匠といわれている村松幸蔵だ。
 両親は同じ美大で知り合って結婚したが、女と酒に溺れてどうしようもない村松に愛想をつかし、悠が五歳の時、母親は悠を連れて実家に戻った。
 悠の中で朧気な父親の記憶といえば一緒に絵を描いていたことくらいだ。
 まだ祖父母が生きていた頃、家に遊びに来て村松の絵を見つけた高津以外に悠はこのことを話したことはない。
 村松の息子だと知れて色眼鏡で見られるのが悠は嫌だったし、村松を親と思ったこともない。
 村松とは別の場所で自分だけで勝負をしたかった。
「で、青山のどこだよ? ギャラリーって」
「前に神山先輩がやっただろ?」
「え、まさか銀河かよ? お前、高いぞ、あんなとこ」
 驚いて高津は目を剥く。
「企画? にすれば、使用料はあとでいいっていうんだ。そだ、高津、携帯かデジカメ貸して」
「携帯?」
「あのギャラリーのおっさん、作品がわからなけりゃ、話できないなんて言いやがって」
「おまえ、それ、当然だろ」
 出たとこ勝負で突っ走りやすい悠の性格を知る高津は、しょうがないな、と大きくため息をついた。

 


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