幻月22

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「わかってるわよ。ちょっと考えがあるんだ」
「ダメだよ、危険なことは」
 藤堂は直子を窘めるが、直子の中ではとっくに何かを実行しようとしているらしいことは付き合いも長くなってきた藤堂にはよくわかった。
「大丈夫よ、またこの店で殺人事件とか、ないって」
「冗談じゃありません。こういうところに潜り込めそうな女なら約一名知ってるから、待ちなさい」
 ポケットから携帯を出すと、藤堂は番号をタップした。
「俺だ。今、どこにいる? ……何? で、いつこっちに。……わかったよ、クソ」
 イラつきながら電話を切った藤堂を見て、「ひょっとして海外でしょ? さやかさんね」と直子は言った。
「パリだと。来週まで。あいつならはまり役だと思ったんだが」
 携帯をもてあそびながら藤堂は言い放った。
「そんなことだと思った。ことは急を要するし、今晩でもあたし行ってみる」
「ちょと待った! 直ちゃん、これは現実で、ドラマじゃないんだよ?」
 立ち上がった直子を藤堂は焦って引き留めた。
「直ちゃんだけ危険な目に合わせるわけにいかない。俺も同行しよう」
「だって仕事あるでしょ」
「いやあ、まあ、うちには有能な社員がいるからね」
 今頃、三浦がくしゃみをしているかもしれないと思いながら藤堂は言った。
「で、作戦は?」
「別に、バイトしたいって言えば入れてくれるでしょ。クライアントのところに行く時用にオフィスにスーツも常備してるんだ」
 あっけらかんという直子は、確かに度胸はいいのだが。
「なるほど」
「でも絶対佐々木ちゃんには内緒だからね!」
 直子は断言した。
「いや、しかし、やっぱり心配だ」
「大丈夫だって。たかがクラブでしょ?」
 藤堂は渋い表情を崩せなかったが、直子をこのまま放ってはおけなかった。
 店を出るとすぐ、直子は携帯でクラブ『ベア』に電話を入れた。
「はい。わかりました、六時半ですね。よろしくお願いします」
 携帯を切ると直子は「OKだって」とにっこり笑う。
「ああ、しかし、大丈夫かなあ。何かあったら佐々木さんに顔向けできないぞ」
 藤堂は大仰にため息をつく。
「何言ってるのよ、藤堂ちゃんらしくない。堂々とお店にお客さんとして入ればいいじゃない」
 直子は軽く言う。
「わかった。何かおかしなことがあったらすぐに俺のところにくるんだよ」
「ラジャ!」
 意気揚々とパーキングから車で出ていく直子を見送って、のんびりと歩いていた藤堂だが、通りかかったタクシーを拾った。
 ワンメーターほどの距離に嫌そうな顔をした運転手に、「悪いね、急ぐんで、釣りはいらない」と一万円札を渡して早々にオフィスに戻った。
 藤堂は自分のデスクでも、今夜のことを考えあぐね、ノートを立ち上げたものの、ただモニターを眺めているだけで、時間が過ぎていた。
 三浦章太郎がオフィスに戻ってきたのは二時間ほどそうやって時間を無駄にした頃だ。
 プラグイン代表の河崎や藤堂が代理店大手の英報堂にいた頃、それまで河崎の下では三カ月ともたないと言われていたところへ、藤堂がヘッドハントした三浦はそのジンクスを覆し、今やプラグインの有能な人材だ。
「三浦くん、お疲れ様」
 藤堂は三浦のデスクの傍に立って、コーヒーを差し出した。
「あ、どうも」
 三浦はそのまま立ち去らないニコニコ顔の藤堂を見上げた。
「あのう、何か?」
 こういう時の藤堂が何か目論んでいることは、これまでの経験上、明らかだった。
「今夜は確か急ぎの仕事はなかったよね?」
「え、ええ、でも………」
「実はのっぴきならない事情があってね、今夜のモリタ製菓のCMの打ち合わせにちょこっと顔を出してもらえればとね。あ、ちょこっとでいいんだ。もうおおよそのところは終わっているしね、なんか先方がちょっと気に入らないってから修正したんだが、その確認だけだからね」
 有無を言わせず捲し立てた藤堂に、三浦は結局何も反論できなかった。
 真面目な性格の三浦は、実際のところ何も予定はなく、頷く以外になかったのだ。
 宝石屋のホームページと格闘していた西口浩輔は、モニターから顔を上げ、あーあ、と藤堂にしてやられている三浦を気の毒そうに見た。
「この埋め合わせは今度必ず!」
 藤堂はそう言うと、「頑張ってね、宝石屋さんの」と浩輔にも声をかけながらオフィスを出た。
 その頃、まだ小田弁護士がいるところへオフィスに帰ってきた良太は、刑事が二人きて社長室やオフィスのデスクなどを荒らしていったと聞いて、憤慨した。

 


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