幻月1

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 九月に入ったというのに、日本列島は高気圧にすっぽり覆われ、相変わらず猛暑が続いていた。
 東京は朝から燦燦と太陽が照り付け、木陰でさえもウっとくるような暑さをやり過ごすことはできなかった。
「お弁当買ってきました~」
 それでも何とか気合だけで、鈴木さんと自分のために昼の弁当を買って戻ってきた良太はオフィスのドアを閉め、その涼しさにほっとした。
「言いたくないけど、なんで東京ってこんな、暑いんですか~」
 実は昨日まで良太はCMの撮影で北海道ロケに同行していた。
 今年は北海道も異常な暑さのようだが、地元の人は暑いと口にするものの熱帯夜が続く東京から行った撮影陣にとっては天国のような一週間ほどを過ごした。
 ちょうどドラマ『田園』の撮影陣も北海道に滞在し、工藤もそちらに同行していたのだが、北海道といっても、良太が家電大手HIDAKAが発売するテレビCMの撮影で訪れていたのは阿寒摩周国立公園で道東にあたり、田園が撮影されている小樽は道央とちょっと覗いてくるというような距離ではない。
 ともあれ天国のような北海道から戻った良太は、息をするのも暑いような、もわっとする空気の中に久々足を踏み入れて、地獄だ、と呟いた。
「仕方ないわねぇ。良太ちゃん、なまじっか涼しいところから帰ってきたから、余計に暑く感じるんでしょ」
 鈴木さんはオフィスの中で一日の大半を過ごすせいか、夏でも熱いお茶をいれる。
 良太も涼しいオフィスの中でだからそれはいいのだ。
 だが、午後もまた外に出なければならないことを思うと、ため息もつきたくなるというものだ。
「工藤さん、今日もどってらっしゃるんでしょ?」
「あ、予定では、そうですね」
 テレビ等の番組、映画の企画制作プロデュース及びタレントの育成とプロモーションが、ここ青山プロダクションの主な業務内容である。
 京都での映画のロケが続いていたが、明日は来春放映予定の社会派ドラマ『カラスの城』の打ち合わせがあり、工藤は夕方までに戻ってくるはずだ。
 ここ一、二カ月というもの、工藤が東京で何か予定がある時は、良太が京都に出向き、良太が外せない予定が入っている時は、工藤が『田園』の撮影に同行したり、『レッドデータ』の制作現場に顔を出すというように、はっきりくっきりすれ違っていた。
 たまに顔を合わせても、スケジュールの確認などで数時間というような具合だった。
 だが、明日から映画の方は俳優陣のスケジュールの関係で一週間オフとなる。
 その間に工藤は東京での仕事をこなそうというわけだ。
 いくら工藤でも、絶対疲労困憊だよな。
 良太はこの夏も東奔西走していた工藤を心配する。
 ほんと、いい年なんだからさ。


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