幻月22

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「どういう………」
 良太は息をのむ。
「工藤さんは表に出てはいけないんです。表に出るのならむしろ人気俳優にでもなって大々的に顔を知られるような存在であれば、ああいう連中も担ぎ上げようとか思わなかったかもしれませんし、狙われることもなかったかもしれませんが…………」
 そこまで言うと波多野は唇の端に笑みを浮かべた。
「まあ、あの人は演技などできる人ではないですからね。だったら表に出るべきではない。今回、SNS等で拡散された工藤さんを見てみればわかりますが、一目で只者ではないと思わせる威圧感をまき散らしていますからね」
 良太はハッとした。
 工藤が鬼と異名をとる業界では恐れられる存在だとは知られているし、良太も今はそれに慣れてしまっているが、確かに初めて会った時の工藤は対峙する人間を委縮させるほどの半端ないオーラを放っていた。
 だから一緒に青山プロダクションの面接を受けた者たちは良太以外皆恐れをなして帰っていった。
「反社会的勢力にとっては工藤さんはいかにもな人間なんですよ。今までのゴシップネタとは違って、SNSでその辺の女子が生の工藤さんを動画で流してくれましたからね、あの世界の連中にはこれが中山組長の甥だと宣伝したようなものです」
 それって、俺のせいってことかよ。
「君は工藤の抱えている爆弾に等しい。以後、こういう考えなしのマネは控えることだな」
 以前にもこの男にそう釘を刺された。
 にもかかわらず、間接的に自分が工藤を追い詰めたのかと、愕然と良太は唇を噛む。
「まだ、今回の事件が芦田組一派の策略によるものなのかはわかっていません。実際のところ私が懸念しているのはもう一つの動き、対抗するあの世界の二つの勢力をむしろぶつけて双方とも潰してしまおうという動きです」
「双方を?」
「依然中山会はあの世界の大きな要です。その中での二つの勢力が大々的にぶつかり合えば双方とも弱体化するだけでなく一般市民にも危害が及ぶ可能性もある上、理も何も考えない半グレやアジア系マフィアなどが雨後の竹の子のように台頭してくるでしょう」
「そんな大々的な問題になるっていうんですか?」
「反社会的勢力と十把一絡げのように言われますが、そう単純な問題ではない。ただ暴力団を潰せばいいとしか考えぬ輩が警察にはごまんといる。その中でも実際に二つの勢力をぶつけて潰そうと、双方にネズミを放って操っている者が警察内部にいるらしい。今回の事件は突発的なものではなく、計画的に工藤さんをはめようとしたものですからね、そいつの計略ということも考えられる」
「警察内部にですか? もしそうなら、工藤、めちゃまずい状況?」
 得体の知れない怖さに良太の心が急速に冷えていく。
 どうしたらいい?
 どうしたら………
「こちらも警察内にネズミを潜り込ませていますが、未だにその人物を特定できていない」
 さすがに良太はぎょっとする。
 本気のスパイ大作戦がこいつの周辺で繰り広げられているってことかよ。
 いや、でもあり得ないことじゃないよな。

 


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