幻月29

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 木戸は千雪の言った通り、女が殺されたとされる時間の一時間ほど前に大きなスーツケースを引いてチェックインし、翌朝チェックアウトし、駐車場から車でホテルを出たようだ。
 木戸は西早稲田のボロアパートに住んでいて、誰かと一緒でもなく一泊数万円ものホテルに泊まるには何らかの理由があったはずだ。
 車は赤のBMWで、所有者は田口だと調べがついている。
 ホテルを出てから二時間ほどで田口のマンションに着いているが、その間木戸がどこに行ったかはわかっていない。
 田口は全身黒ずくめのスーツでホテルを出たのが犯行時間より三十分ほど前で、結婚式のパーティ一行がちょうど解散して帰っていく人々に紛れるように徒歩でホテルを出て少し歩いたところでタクシーを拾っている。
「クラブ『ベル』のチーママもちょっと気になるんで探りを入れてるところです。工藤さんと松下美帆が付き合っていたと証言したのは、チーママの、いや、今はママになったらしい清水美咲です。その事実がないのだから、彼女はウソをついていることになる」
 谷川が言った。
「確かに。とにかくよろしくお願いします。何かまたわかりましたらご連絡ください」
 オフィスを出る谷川に小田は丁寧に頭を下げた。
 小田にとっても工藤は大学時代から二十年来の腐れ縁だ。
 しかも小田は工藤の会社の顧問でもある。
 これまでにも色々と面倒ごとはあったが、今のこの状況は最悪だ。
 だからこそ、工藤の性格も生い立ちも、それにこれまでの工藤の生きざまをも間近で見てきた人間として、明らかな冤罪を晴らさないでは気が済まないのだ。
 真犯人がわかったとしても、立件できる証拠がなければ工藤を出してやることができない。
 おそらく冤罪を晴らせない可能性が一パーセントでもあることを考えて、工藤は会社を良太や秋山にというようなことを口にしたのだ。
 弱気になったわけでもなくあくまでも冷静に客観的に物事を見ているだけ、工藤は落ち着いているといえる。
 とにかく時間が限られている。
 何とか、糸口を掴むことができれば。
 小田はいつの間にか眉間に皴を寄せていた。
「先生、怖い顔になってますよ」
 デスクにコーヒーを置いて安井が言った。
「ああ、ありがとう」
 安井や遠野も工藤が会社を興した頃からの付き合いだ。
「絶対、真犯人みつけますから!」
 工藤、お前、自分が思っている以上に周りの人間には恵まれているぞ。
 小田は広くなった額を癖で撫でてから、コーヒーをぐびりと飲んだ。
「先生、青山プロの鈴木さんからお電話です」
 鈴木さんがわざわざ電話をかけてくるとは何だろう、と怪訝そうに受話器を取った。
「そうですか。わかりました。私もそちらに向かいます」
 小田は電話を切って立ち上がった。
「何かあったんですか?」
 渋い顔の小田に、遠野が聞いた。
「警察が会社までやってきて、工藤の部屋やオフィスを引っ掻き回しているらしい。まあどうせ、何も出やしないがな」
 良太も出払っていて、鈴木さんが一人らしかった。
 小田がオフィスに着くと、ちょうど刑事が二人、工藤の部屋から降りてきてオフィスにまた立ち寄ったところだった。


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