幻月39

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 グラスに酒を注いだり、氷を入れたりというような仕事も、卒なくこなし、言葉遣いも控えめで丁寧な上、色々なお稽古事を子供の頃からこなしている直子は姿勢もよくきれいな仕草が一層エレガントに見せている。
 だが、その紳士の手が身体に伸びた時、内心直子はぞっとした。
 そして藤堂が客として現れた時だ。
「あたし今いらしたお客さまに着いちゃだめですか?」
 穂香にすかさずダメモトで言ってみた。
 ダメと言われることもなく、直子はすんなり穂香とともに藤堂が案内された席に着いた。
 穂香が名乗るのと前後して、直子もにっこり笑った。
「なおみです」
 穂香よりしゃしゃり出ることもなく、時々口を挟む。
 パーティの時など佐々木と一緒にいても直子の行動は計算されているな、と藤堂も時折思うこともあったが、とすると直子は下手な俳優なんかはだしで逃げ出すほどのかなりの演技達者だ。
 俳優とか向いてるんじゃないか。
 表情に出さないのがまた直子の肝の据わったところだ。
 以前、佐々木を拉致した問題俳優にビンタをかました挙句、強烈な断罪の言葉を浴びせた時の直子が見事だった。
 藤堂はすました顔でグラスに酒を注ぐ直子を見て改めて思う。
 直子が左隣、穂香は右隣に座っていた。
「そうなんだよ。親の財を食いつぶしてばかりでは申し訳ないと、一念発起してね、会社を興したばかりなんだ」
 そんな時、良太からの携帯がなった。
 藤堂は良太や千雪とそのチームが外で頑張っていることを知り、俄然、アドレナリンが出てきたように感じた。
 席に戻ると、藤堂は穂香をたてるように、彼女としばらく話していたが、今度は直子に向き直り、「新人さんなんだ、俺と同じだね」などと言いながら、少し直子に顔を向けてポケットから先ほど預かってきた盗聴器の一つをこっそりと直子の手に握らせる。
 直子はそれが何かは最初わからなかったが、とりあえず素早くレース地の裏に潜り込ませた。
 藤堂はエレベーターの中で、良太から携帯に送られてきた関係者の顔写真をざっと見ていた。
 時々裏から現れて支配人と何やら話しているまさしく人相の悪い男が出水だとはわかった。
 しかし、本当に悪事を働くと悪党面になるもんなんだな。
 妙に感心しつつ、しばらく男の様子を窺いながら、直子と徐々に話の調子を合わせていった。
「ご実家がチョコレート会社なんですか?」
「そうなんだよ。だからチョコレートやらケーキやら甘いもの大好きなんだ。結構、美味しいお店とか、詳しいよ」
「じゃあ、シュークリームの美味しいお店ご存じですか?」
 甘い話で直子とならどれだけでもつきない。
 それはもう既に実証済みだ。
「お酒もお強そうですわね」
 穂香も口を挟もうとする。
「そうだね、コニャックとか好きかな。強くはないんだけどね」
「オールダージュとか?」
 直子が言った。
「ああ、そうだねえ、美味しければね。ワインには少々こだわるほうだけど」
「ロマネコンティとか?」
 今度は穂香が言った。
「うん、そこまで高級だと、飲むのが怖くなるよね、もう少し飲みやすいくらいがいいかな」
「シャンベルタンとかミュジニィとか?」
 直子が言った。
「そうだね、そのあたりが美味しく飲めるかな」
 酒にも結構詳しいね、直ちゃん、という顔で藤堂は直子を見た。

 


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