身じろぎした良太はゆっくりと意識が戻るにつれて、額を工藤の固い胸に押し付けているのに気づいて、はたと身体を起こした。
「まだ夜中だぞ、寝ろ」
工藤の手が良太の後ろ頭を抱えてまた枕に戻した。
いつの間にベッドに連れてこられたのか、良太には記憶がきれいさっぱりなかった。
「これ、夢とか幻影でしたとかって、落ち、とかじゃないよな」
「バカなこと言ってないで、寝ろ」
ぬくもりはホンモノっぽい。
「あの車に……」
「どの車だ」
「だから、あの、出水たち捕まえに行った時、紫紀さんが貸してくれたっていうレンジローバーん中で、俺、連絡係で一人残ってたんだ。そしたら……波多野さんがいきなり、忍者みたいに後ろの席に現れて」
工藤は良太の顎をぐいとあげると、その目を覗き込む。
「波多野が?」
「警察に引き渡すまで気を緩めるなとか、石尾の始末がまだ残ってるとか何とかって」
「フン、あの男が何をしようと、お前が気にすることはない。忘れろ」
にべもなく工藤は言い捨てる。
「CMの打ち合わせで藤堂さんと一緒にMEC電機行った時も、藤堂さんより少し前に来いとかって、俺に下手に動くなって、凄みやがって。だからまた波多野さんと会うことになるけど」
良太は波多野の底知れない不気味な目を思い出した。
「仕事は仕事だ。仕事ではあの男も裏の正体などおくびにも出さないだろう。ほっとけばいい」
フンと工藤は鼻で笑い、良太の頭を掻きまわした。
後日新聞で石尾の記事を読んだ時、良太はあらためて波多野が敵でなくてよかったと思ったのだった。
ほんのちょっとした記事で、ローカル紙面の片隅に乗っていた記事だ。
波多野はまあ、多分、敵、ではないと思う。
とにかく、人間どこでどう進むかで、どんな人生になるかが決まるのだ。
良太は痛感した。
どの道を選択するか。
仮に大学四年の時、もし青山プロダクションに面接に来なかったら、もし、工藤に凄まれて回れ右して帰っていった他の学生と同様に帰っていたら。
実入りのいいバイトから、ヤバいバイトとかヤバい仕事に手を出したりして今頃悲惨なことになってて、もしかして石尾不動産なんかに就職してたりしたら、アジアのどこか知らない刑務所の奥で、終身刑とかにされたのは俺だったりして。
いやだよ、俺、そんな怖そうなとこ!
良太はくだらない妄想に顔を思わずゆがめた。
「どうかしたの? 良太ちゃん、お腹でもこわした?」
鈴木さんに心配されて、はたとそこがオフィスだったことを思い出した良太は咳払いでごまかした。
「え、あ、いや、ちょっと喉が……お茶入れてきます」
そそくさとキッチンに立つと、鈴木さんの分もお茶を入れる。
「そうそう、前に、娘と京都に行く話したでしょ? 社長が今度の週末、新幹線とホテルを取ってくだすったの。金曜日、午後からお休みするけど、良太ちゃん、一人で大丈夫?」
鈴木さんのデスクにお茶を置いた良太に、鈴木さんが目を輝かせながら言った。
「え、よかったですね! 全然大丈夫ですから、ここは」
「もう、それがホテルも五つ星のスイートなのよ。福利厚生っていっても何だか申し訳なくって」
「いやいや、その程度じゃ足りないくらいって、工藤さん思ってますって、鈴木さんにはほんとにお世話になってるからって言ってましたよ」
「別に大したことしてるわけじゃないのに、ほんとに嬉しくて」
鈴木さんには工藤、心底ありがたいって思ってるみたいだからな。
平さん孝行もしたみたいだし。
毎年この時期墓参りをする平造に二、三日、釣りができる温泉付きのホテルを用意してやったらしい。
何分、平造の場合は背中の彫り物のせいで共同浴場は入れないため、もちろん、風呂付スイートだ。
ま、そのくらい当然だよな。
おー、いい天気だ。
あーあ、来週からまた忙しいけど、工藤とはすれ違いが多いし。
「でもまあ、帰ってくるからな」
良太は秋晴れの空を見上げて、そんなことを口にした。
おわり
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