心臓がドキリと跳ね上がる。
あの男だろうか。
何故佐々木の電話番号を知っているのか、一応そのあたりのことは確かめなくてはならないだろう。
「…………はい」
「切らなくてもいいでしょ? 今朝だって、何も言わずに帰っちゃうし」
背筋にすっと悪寒が走る。
「すみません、あなたに名刺とか渡しました?」
「うん、まあ、そんなようなもん? シンデレラは靴を置いてっちゃったみたいで」
佐々木は再び愕然とする。
つまり、自分の素性がわかるようなものを部屋に残してきてしまったというのか?
「何、忘れたんでしょうか? すみませんが、返していただけますか?」
務めて平静な声で佐々木は聞いた。
「そうだな、今夜、七時頃迎えに行きます」
男は佐々木の問いをはぐらかすように言った。
「え、それは……」
「仕事だったら仕方がない、また今度にしますが」
佐々木は頭を抱えたくなった。
だが、面倒なことはさっさと終わらせてしまわなくては。
「いえ、わかりました。え、迎えて何……?」
「では七時に」
そう言うと、電話は切れてしまった。
「どういうことや? けどやっぱ、俺、名刺、渡したんか?」
呟いた途端、今度はポケットで携帯が鳴った。
まさか、携帯も? と思いながら佐々木は恐る恐る携帯を取り出した。
「……はい」
「あ、佐々木さん? 浩輔です」
聞きなれた声に、佐々木はほっとして大きく息を吐いた。
「あれ、佐々木さん? 聞こえてます?」
「あ、ああ、聞こえてるよ、浩輔ちゃん」
「佐々木さん、今日、ご予定はどうなってます?」
「全然空いてるで。ぼちぼちオフィスの準備しよっかてくらい」
「あ、じゃあ、俺、行っていいですか? 昨日の大和屋の件で打ち合わせしたいんで」
声がはずんでいる。
仕事が決まってやる気満々という感じだ。
「いや、俺が出向くわ。今まで俺が出不精やって動かんかったから、浩輔ちゃんに来てもろてたけど、これからは少し自分で動かな。何時がええ?」
「あ、こっちは何時でも大丈夫です」
「ほな、今から行くし」
「あ、はい! じゃ、お待ちしてます!」
明るい声が落ち込み気味な佐々木の気持ちを少しばかり浮上させた。
オフィスを閉めてロックすると、佐々木は裏口から階段を降りた。
晴れてはいるが風がぐんと強くなったようで、街路樹の葉を落としながらびゅうびゅう吹きつける。
体感温度が一気に下がった気がして、佐々木は上着だけで出てきたのをちょっと後悔した。
この界隈に古くからある和菓子屋が目に入ったので、手土産に評判のきんつばを買ってから地下鉄に向かう。
「あ、ナオちゃん? 俺、今から打ち合わせでプラグイン行くから、何かあったら電話して」
ホームで直子に電話を入れてから、ちょうど来た電車に乗り込んだ。
にしても、一体何を忘れたいうんや? あいつ、一体どないなつもりで……。脅し? いうても、俺、脅されるようなことは………
一人になると、またあの男のことが頭の中でぐるぐるする。
かなり酔うてたからな………一晩のつき合いでもそない悪うなかったやなんて。
佐々木は自分の甘さ加減に腹が立って仕方がなかった。
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