佐々木は自分を笑い、だる重い身体をようやく起こすと、シャワーでも浴びて会社に顔を出すべく、バスルームに向かった。
湯を止めて何気なく鏡の中の自分を見た佐々木はぎょっとした。
首の付け根にくっきりと残る痕に、思わず赤面する。
「あいつ、えろ、情熱家やってんな。ちゃんとゴム使こて、案外紳士やったみたいや思てたら…」
そういえば自分を見下ろしていたということは、かなり大きな男だったに違いない。
「あんな部屋……実業家? IT長者とか? それにしちゃ、ええ身体しとったな…………」
思い出すといつの間にか身体が熱を帯びてきて、佐々木は慌てて水で顔をばしゃばしゃと洗う。
それに、かなりええ男やったような……
顔はうろ覚えだが、何かメチャ気持ちよくて、ふわふわと温かく、ひどく幸せなひと時だったような気がする。
「アホちゃうか! ええ年して、酔っ払って、知らない相手にやられちゃいましたなんて、どの面下げて言えるかっての」
そう呟いたものの、どちらかというと悪くない夜だった、かも知れない。
いずれにせよハロウィンの夜、一夜だけのトリッキーナイト。
この際、やられたことは置いといて、お互い名前も知らない相手とちょっと楽しんだってことにしておこう。
夢から覚めれば、いつもの日常に戻るだけ。
もう会うこともない。
――――そう、思っていたのだが…………。
地下鉄の表参道駅で降りると、地上に出た佐々木は二つ目の裏通りへと歩き、かなり年季が入った古いビルの階段を数段上がって会社のドアを開けた。
ビルの二階から四階までが、佐々木が芸大の院を卒業してから約八年、デザイン部チーフとして慣れ親しんだ広告代理店ジャスト・エージェンシーだ。
佐々木の十年先輩で、アメリカの自動車会社の日本支社役付きだった春日が、佐々木がまだ院にいる頃、独立してこの会社を興した。
在学当時からその抜きん出た才能を開花させ、コンペなどで優勝したりしていた佐々木は、教授陣からも覚えめでたく、大学に残ってくれとも請われていたのを、その卒業を待っていたかのように春日にこの会社に引っ張られた。
以来、会社が小さいために大きな仕事にはなかなかめぐり合えなかったものの、関わった仕事は常に高評価を受け、天才クリエイターとして業界ではその名を知られるようになった。
春日が佐々木のために会社を興したというのもあながち間違ってはいない。
もし仮に今の妻より早く佐々木に会っていたら、おそらく生涯を佐々木のために捧げていただろうと言ってはばからないほど、佐々木に惚れ込んでいる。
「あんまりせかせかするの好きやないし」と、ジャスト・エージェンシーに骨を埋めんばかりに、佐々木も数多のヘッドハンティングを蹴散らしてきた。
母親譲りのはんなり京言葉を口にするそんな佐々木に転機が訪れたのはつい最近のことだ。
それほどまでに大事にされてきた春日に放り出された、のである。
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