「よう、あのしまりやのおかあちゃんにOK言わせたもんや」
父親が他界した後、一番町の財産は税金にかなり持っていかれたが、それでも尚広い屋敷や庭、それ以外に近辺に土地建物のいくつかを母の淑子と佐々木が相続した。
そのひとつ、かつて父親が事務所として使っていた古いビルを建て直して貸したらどうかと、春日が持ちかけたという。
一階には品のいいカフェが入り、三階と四階にある2LDKの賃貸二戸ずつはほぼ埋まり、五階と六階の3LDKも既に売られて入居済みだ。
お膳立ては何もかも整っているにもかかわらず、佐々木は今でもまだその事実を受け入れられずにこうして自然と古巣に戻ってきてしまうのだ。
デザインセクションの奥にある自分のデスクにバッグを置いて、佐々木はそのまま同じフロアにある社長室へと向かった。
ノックしてドアを開けると、春日がパソコンの画面から顔を上げた。
「よう、独立後の初仕事はどうだ? うまくいきそうか?」
佐々木は壁際のソファに腰を下ろすと、頭の後ろで腕を組む。
「まあ、たぶん」
「何だよ、そのいい加減な返事は」
春日はデスクを離れて佐々木の向かいに座り、煙草をくわえた。
この部屋は社内で唯一、誰にも気兼ねなく煙草が吸える部屋だ。
耐えられなくなったチェーンスモーカーがたまに用もないのにやってきて、コーヒーを飲んだり、煙草を吸ったりしていくたまり場でもある。
当然強力な換気システムも完備されていた。
「お前の可愛い浩輔ちゃんが持ってきてくれた仕事だろうが」
「まあ、そりゃ、しっかりやりますよ…………」
ボソリと佐々木は答える。
「にしちゃ、何だよ、その煮え切らない態度は。ビッグプロジェクトじゃないみたいだが、相手はあの大和屋だろ? 大和屋の一人娘っていえば、あの東洋グループの次期CEOの奥方で、うまくすればその奥方と懇意になってだな、芋づる式に東洋グループの仕事が転がり込んでくることだってわからないんだぞ?」
見るからに厳つい恐持ての顔で、春日は詰め寄らんばかりに佐々木を軽く睨む。
佐々木のもとにデザイナーとして二年ほどいた西口浩輔は、この会社に入る前に在籍していた会社の上司が代理店を興したのを機にそちらに移籍したが、仕事上では今も何だかだとやりとりをしている。
その浩輔が佐々木に持ち込んだ仕事というのが、有名ホテルで開催される老舗呉服問屋大和屋の展示会とそれに付随するイベントの広告プロジェクトである。
着物の新ブランドのお披露目を兼ねた展示会をメインに、染めや織り、それ以外に若手日本画家の描いた着物や帯、アーティストのデザインで染められたものなど、あくまでも芸術として観てもらおうという企画で、テレビのスポットCM、雑誌や新聞媒体などの広告、それに伴う着物ショーなどのイベントが予定されている。
「ああ、会いましたよ。小夜子さん。何でも青山プロの広瀬くんの知り合いとかで、広瀬くん経由で浩輔に話きたらしくて」
「おおおおお、会ったって、あの麗しいと財界でも評判の綾小路小夜子本人にか?! というか、確かお前んちと綾小路って隣同士だろ? 挨拶くらいしたことないのか?」
興奮した春日は立ち上がって佐々木の顔を覗き込む。
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