「隣いうても、あちらさんはうちなんかと比べ物にならんでかいお屋敷やから、あの高い塀の中の人間とちゃんと顔合わすなんて、あんまりないからな。けど、確かに美人でしたよ。今時珍しい天然て感じの」
淡々と、佐々木は説明した。
「フン、お前に聞いたのが間違いだったよ。何せ、トモちゃんの離婚理由が、『貴方が綺麗過ぎるから』ってなもんだ」
「……今更古傷を持ち出さんといてくださいよ」
佐々木の一方通行だったにせよ浩輔と出会ったことで、去っていった妻のことはようやく過ぎた思い出と考えられるようになったものの、彼女から告げられた別れの理由については未だに、何で、と思うことがあるのだ。
大学三年の時、二学年下の油彩科の友香と出会い、佐々木から好きになってつき合い始め、春日の会社に入って間もなく春日とその妻に仲人になってもらい、結婚した。
ところが結婚生活は三年ほどで破綻した。
「ダメなの。周ちゃんのそばにいると、誰かが周ちゃんのことさらっていっちゃうんじゃないかって、そんなことばっか考えて、絵も描けなくって、何も手につかなくなっちゃうの。だから、私、周ちゃんの傍にもういられない」
一体全体、それは何という理由だろうか? ショックというより、衝撃に近かった。
彼女の絵も好きだったから、自分の傍に居たら描けないと言われてしまうと、佐々木には彼女を引きとめることはできなかった。
その時は、春日に泣きついて飲み明かしたのではあるが。
そして、彼女のことを思い出にしてくれた浩輔もまた去って行った。
浩輔は未だに可愛い元部下ではあるし、色恋というほども色はついていなかった。
ところが昨日久々浩輔に会って、あの浩輔がいっちょ前にとほほえましく懐かしい思いに浸る間もあらばこそ、あんなことになろうとは。
ふとしたはずみに、うろ覚えだった昨夜の男の指や唇の感触が生生しく蘇って佐々木はカッと顔を熱くする。
「おい、佐々木、聞いてるのか?」
「え? 何?」
「一体どうしたんだ? お前、おかしいぞ? 熱でもあるんじゃねぇのか? 顔赤いし」
「い、や、平気。ここんとこ、いろいろで疲れてて……。春日さん、たったか勝手に決めるし」
「そうでもしないと、お前、全然動かないだろうが。で、仕事、感触としてはどうなんだよ?」
佐々木は部屋の片隅にあるコーヒーサーバから紙コップ二つにコーヒーを注いで、一つを春日に渡した。
「感触も何も、オンエア来月早々やから、近日中に大和屋でプレゼンやから、青山プロダクション行って、メインモデルやってくれる中川アスカと南澤奈々に会ういうことで、プラグインの方からアポとってもろて。浩輔ちゃんも営業と一緒に行く言うてた」
「何だよ、じゃあ、打診とかの段階じゃなくそれこそたったか進んでんじゃねーの。そうと決まれば、近いうちにオフィスササキのお披露目パーティやんねーとな。と、そうだ、直子だけじゃなくて、営業も一人くらいつけてやろうか? やっぱ、お前、ほんと頼りねぇし」
即行でパーティでも開きそうな勢いでカレンダーを睨みつける春日に、佐々木は焦る。
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