ええご縁が、ごっつい男やなんてことになったら、おかあちゃん、怒るやろな。
いきなり昨夜の男を母親に紹介するシーンが頭に浮かんで、佐々木は慌ててそれを打ち消した。
「おかあちゃんの、ええ加減、耳タコやし。ほな、俺もオフィス行ってみますわ。ナオちゃんだけに押しつけとられへんから」
「おう、しっかりやれよ!」
春日の声を背中に社長室を辞し、使い慣れた自分のデスクに戻ると、バッグを持ってデザインセクションを出る。
「佐々木さん、手が足りない時はいつでも呼んで」
「ありがたいけど、美紀ちゃん、チーフなんやから、がんばりや」
「はぁい」
佐々木が独立すると聞いて、一時は会社中の女の子が辞めないでとデスクに押し寄せたものだ。
泣き出した子もいたりして、その一人が普段は強気発言しかしない美紀だった。
デザインセクションには佐々木に憧れてこの会社に入社した者も多く、もちろん美紀もその口だ。
デスクはそのままだし、会社とのパイプはちゃんとあるからということで納得し、今は三人のデザイナーを束ねるチーフである。
「頼むで、稲葉」
「言われなくてもわかってますよ」
デザインセクションはトップにいた佐々木が抜けることで、映像媒体組と二次元媒体組に別れてそれぞれチーフを置くことになった。
映像媒体のチーフが美紀で、二次元組は稲葉がチーフだ。
何かとイヤミ好きで口の悪い稲葉だが、実は佐々木を追って入社した大学の後輩になる。
佐々木を目標にしてきた稲葉も佐々木の独立を聞いてからしばらく脱力していた。
稲葉の肩をポンと叩いてから佐々木はデザインセクションを出ると、名残惜しそうに見送りに出てきた女の子たちに、「ほなまた」と手を振って古巣に別れを告げた。
ジャスト・エージェンシーの最寄り駅から地下鉄で三つ目、佐々木の自宅からは歩いて八分ほど。
新宿通りから少し入ったところに建つ真新しいビルの前に立ち、佐々木はひとつ息をついた。
もうぐずぐず甘えているわけにはいかない、それこそいい加減、独り立ちを現実視して向かわなくては、せっかくここまでお膳立てをしてくれた春日にも申し訳ないと、佐々木は決意も新たに、自分のオフィスへと階段を上がる。
上の入居者用にはエントランスが表側にあり、エレベーターホールはそこそこ広い。
一階にあるカフェの奥は入居者用の駐車場になっている。
この辺りは閑静な住宅街で、何より子供の頃から慣れ親しんでいるエリアだから安心感もある。
「あ、お帰りなさぁい、佐々木ちゃん」
手回しよくカウンター近くの自分のテリトリーを直子らしくアレンジし、とっくに私物は引っ越し終えて佐々木より先にオフィスに馴染んでいる。
白い大きなデスク、キャスターのついたチェストや大きなモニターのパソコンも直子は気に入っているようで、早速プリントアウトした必要なもののリストを佐々木に見せた。
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