「ここの桜、春になるとすげーよな。こんだけ大きいの、あんまり見ないな」
風がひと吹き、まだ花には遠い寒々しい枝を揺らす。
毎年春になると校門をくぐる生徒たちを静かに見守っている桜の木の下を、初めて二人で歩いたのは、二年と半年前の二月、バレンタインデーのことだ。
「俺さ、ロケット作りたいんだ。いつか宇宙ステーションとかで仕事するの。面白そうだろ?」
幸也は笑った。
「ロケットかぁ、いいなぁ」
お前は? と聞かれて、勝浩は一瞬躊躇いながら答えた。
「動物とか興味あるから、そっちの関係かな。獣医ってのはちょっと苦手そうなので」
「まぁた、地味なことを。ま、勝浩らしいっちゃ、らしいか」
勝浩がコホッ、と咳をすると、「あ、お前、風邪だろ? どうも顔が赤いと思ってた」と、幸也は自分のマフラーを取って、勝浩のマフラーの上からぐるりと巻いた。
それは思いもよらぬハプニング。
勝浩は平静を保つのが精一杯で。
「じゃな、また明日」
「あの、マフラー」
「ああ、いい。お前にやるよ。その代わり、風邪治せ」
慌ててマフラーに手をかけた勝浩に、幸也はそう言って手を振った。
こんなバレンタインデーってあり?
幸也の後姿を見つめながら、勝浩はしばらくそこに立ち尽くしていた。
勝浩にとってそれまで生きてきた中で一番幸せなひとときだった。
握り締めたマフラーはひどく暖かかった。
三月、幸也は学園を卒業していった。
相変わらずの人気を物語るように、在校生や下級生に囲まれながら賑やかに学園を去って行った幸也の心のどこかに、自分という存在のひとかけでも残っただろうか。
勝浩は一人生徒会室の窓から桜の木の下を通り抜ける一団を見つめていた。
いつか、再び幸也と出会うことがあったら、その時は自分の気持ちを言えるかも知れない。
その頃なら、時が、きっと彼の心を癒してくれているだろうから。
いつか、もし、逢えたら――――――――。
ACT 1
一時はかなり激しく地面を叩きつけていた雨もすっかり上がり、青く晴れ渡った空には夏の名残を惜しむように入道雲が存在を主張している。
「あっちぃーーー!」
「エアコン入れろ、エアコン!」
ドアを開けて飛び込むなり、みんなが口々に喚く。
ようやく狭いキャリングケースから出された猫たちは、それぞれ思い思いの場所に散らばった。
一緒に飛び込んできた犬たちは、ぶるっと全身を震わせて水滴を飛ばしている。
「きゃー、犬、拭いてあげなくちゃ、タオル、タオル」
「垪和さん、タオルあと二枚しかないですよ」
「えーもう? じゃ、美利ちゃん、今度ペットフード買いに行くとき、一緒に買ってきてくれる?」
「はーい!」
てきぱきと支持を出す四年生の垪和は、この慶洋大学『動物愛護研究会』の代表を務めている。
ちょっと見、いかにももったいぶった名前を掲げ、キャンパスに捨てられた犬猫の面倒を見てはいるものの、設立当初は、活動といってもその実態は犬猫好き学生が研究会と称した飲み会をするくらいのものだった。
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