残月4

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「何なら、チケット用意しとくよ。綾小路一族と一緒に」
「綾小路一族ぅ?」
 良太は檜山に聞き返した。
「紫紀と小夜子と大、千雪と京助、それから彼らの両親」
「いや、観たいのは山々だけど、工藤も俺も時間が取れるかどうか。工藤にも聞いておくけど」
 一族と一緒にって、ほんとに席が隣、それも会長夫妻とかだったら肩凝りそう。
「観たいんならとりあえずチケット用意してもらえば? もしスケジュールがどうしてもだったら、社内にきっと行きたい人いるんじゃない?」
 志村が助け船を出した。
「わかった。じゃ、また持ってくる」
「ありがとうございます」
「伝統的な能と俺の新作能と二部構成になってる」
 檜山は簡潔に説明した。
 きっとひどくきれいで優雅で幽玄な舞台なのだろう、良太は撮影の時の檜山の動きを脳裏に描き出した。
「あれ、そういえば匠は研二さんのご友人なんでしたっけ?」
「ああ、そう」
 少し口籠るように、檜山は答えた。
「ああ、最近、研二さんとこのお菓子、食べてないなぁ。美味しいですよね。よし、今度、匠の家でロケの時、差し入れに持ってきますね!」
 撮影のために、古い日本家屋、それも大きめの屋敷を良太はやっと探しだしたのだが、修理が必要な個所が見つかったとかで断りの連絡が入ったのは撮影間近になってからだった。
 慌てて再度探したのだがなかなか見つからず良太が頭を抱えているのを檜山が知って、俺んちでよければ、と提案してくれたのだ。
 檜山の言う、俺んち、にその日のうちに招待された良太は、うわ、と声をあげた。
 借りる予定にしていた屋敷の倍はありそうな、古い日本家屋だった。
 しかも割とよく映画やドラマに使われているような屋敷と違い、東京郊外にあるこちらはホンモノ、という威厳さえ感じられた。
 周りをぐるりと塀に囲まれ、いつの時代のものだろうと思われるような年季の入った木造の高い門、よく手入れされた庭園、磨かれた廊下、床の間には、鑑定番組なら飛びつきそうな掛け軸や壺や絵皿などが飾られている。
「ここって匠は住んでないんだよね?」
「そう、たまに帰るくらい」
 檜山は都心の広いマンションに一人で住んでいるはずだった。
「手入れとか業者に頼んでやってもらってるから」
「なるほど。これってこの家そのものが文化財じゃない?」
「そんなもんだろうね。祖父はかなりの遺産を俺に残す代わりにこの家を託したから、きっちりやらないと」
 おそらく関東大震災や戦争の被害をも免れ、こうして現存しているのだろう。
「傷つけないように、極力注意しないとなぁ」
 どうやったら家屋に傷をつけることなく撮影できるかを良太は考えて、撮影の前に一度クルーと一緒に下見をすることになっていた。
「良太は洋菓子も和菓子も好きなんだな?」
 良太が匠の家のことや研二の作った繊細な美味しさの和菓子を思い浮かべていると、志村が笑った。

 


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