煙が目にしみる1

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 どこからか大きな笑い声に交じってかすかにジングルベルのメロディが聞こえてくる。
 どうせまた近くにあるスナックの客だろう。
 クリスマスパーティだか忘年会だかで、この時期になると毎年真夜中近くまで騒がしい。
 窓の向こうに降っているのが雪だとふと気づいた。
 都心では珍しく十二月半ばにもかかわらず夜半から雨が雪になったようだ。
 空気が急激に冷やされて、剥き出しの肌を震わせた。
「寒い、カーテン……閉めろ…よ」
 背中にのしかかっている男の返事はない。
「おい、………」
「……んな時に、……動けね……!」
 怒ったような声とともに、身体が貫かれる。
「……ん…あっ……あっ……!!」
 抑えきれない声がひたすら唇から零れてしまう。
 ごつい男の大きな手に前を掴まれているから逃れることができず、強烈な圧迫感に足をばたつかせてみるだけだ。
 滴る汗の匂いや荒い息遣いと熱が覚えのある甘い痺れを引き寄せる。 
 曇りのない瞳が覗き込み、心臓の鼓動ばかりがやけに大きく響き、血流が沸騰しそうに滾る。
 ただひたすら互いを幾度も貪り食らう。
 それから深い底なしの闇へと堕ちていく。
 脱ぎ捨てられたジーンズのポケットで鳴っている携帯も放りっぱなし。
 過ぎるほどの悦楽と陶酔に支配された時間が次第に遠ざかっていく。
 蓋をした想いが時々胸の奥底で刃を振り回して暴れまくる。
 痛みにはもう慣れっこだが、つい、鬱憤ばらしにこいつの熱を利用した。
 疲労感に身体中が満たされるのと同時に、燻っていた罪悪感が黒々とした塊となって膨れ上がる。
「今、地球が終わってもいいわ、俺」
 ふやけた顔が笑う。
「……俺はその前に火星にでも逃げる」
「いやだ……逃がさねぇ」
 男の両腕が首と腰に絡みついている。
「……も、離れろよ、重いって…」
 やっと暑苦しい腕から解放された身体を起こして、近くのテーブルの上から手探りでくしゃくしゃになった煙草とライターを引き寄せると、一本取り出して火をつけた。
 カラカラになった喉を煙が通った途端咳が出る。
 また、携帯が鳴り始めた。
「おい、携帯、鳴ってるぞ」
「いい、放っとけって……なあ、イブに二人でパーティやらね? オールで」
「お前、サカるのもいい加減にしろよ。床なんかでやるから、背中まで痛ってぇし」
 またしても腰に伸びてきた不埒な動きを始めたその手をぺしっと叩く。
 その程度ではびくともしない頑健な男はへらへらと笑っている。
 携帯はもう鳴り止んでいた。
 ぼんやりと宙に目を向けた先に煙草の煙がゆらゆら揺れている。
「……すんげ、好きだ……めっちゃ、好き……」
 男の腕がまた身体を引き寄せる。
 覗き込む曇りのない瞳が苛つかせる。
「るっせ…寒い…!」
 力なく抵抗しながらようやく男の手を押しのけてエアコンをつける。
 もう、今年も終わりだな………
 終わりに……しなけりゃ………
 カーテンの隙間から街灯に照らされてしきりと白いものが舞っているのが見えた。


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