夏を抱きしめて1

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ACT 1

強烈な陽の光に、元気は目をすがめるようにして快晴の空をちらっと見上げた。
セミも声を大にして夏だと教えてくれるし、まだ朝の十時前というのに、気温はぐんぐん上がっている。
そんな声を大にしなくても充分わかってるよ、セミたち。
今日は冷たいものが結構出るだろう。
元気は朝ちょっと出遅れたのを思い出すと、紫色の小さな花束を大事そうに抱えなおし、のんびりとした歩調を少し速めて彼の城『伽藍』へと急ぐ。
「おう、元ちゃん、おはよ」
「はようっす」
「こら、暑うなるなぁ」
軒を連ねる土産物屋の主人も汗だくになりながら準備をしている。
「もう、とっくに暑いよ~」
古い町並みの通りにあって、昔の土蔵を改良した造りの喫茶店は元気の父親が始めたものだ。物心つく頃には、元気はカウンター越しにコーヒーを淹れる父親の姿を見ていた。
穏やかでニコニコ笑ったところしか覚えていないほど、父親は優しい人だった。
「明日は明日の風が吹く」が口癖の父親だったが、元気が大学を卒業してロックバンドGENKIに専念し始めた頃急逝したため、元気はバンドを脱退し、東京から郷里に戻って店を継いだ。


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