夏を抱きしめて2

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 元気にもまあ、いろいろあった。逃げ帰った、ともいえるかもしれないが、第二の人生を郷里で始めたことに悔いはない。
 T市は盆地なので夏は蒸し暑いし、地元民にとってはそれ相応の暑さなのだが、東京や名古屋の暑さの比ではない。
 初めて上京した年の夏、あまりの蒸し暑さにやられて腹をこわしてしまったことを元気は思い出す。
「おはよ」
 開店してからの客が一段落してテーブルを整えていると、ドアが開いた。
「おはよ。あれ、紀ちゃん、今日は可愛い」
 近所の造り酒屋の娘、石井紀子は『伽藍』にとっては貴重な助っ人要員である。夏は昼少し前あたりから手伝いに来てくれている。
 オレンジのTシャツと黄色に白の折り返しのついたショートパンツには、すんなり日焼けした健康そうな肌がよく似合っていた。
「そう?」
 すぐにどこで買ったの見た途端これしかないと思ったの、といつもの明るいおしゃべりが始まると思ったのだが、元気の予想に反して紀子はムッツリのままだ。
「どしたの? なんか顔が怒ってるよ」
 紀子が動くたびクリスタルのピアスがキラリと光る。
 黙ってテーブルの上を布巾で拭き始めた紀子に、元気はちょっと首を傾げながら、庭でつんできた可憐なミヤコワスレを一輪ずつグラスに入れてテーブルに置いていく。
「だって可愛くないったら、元気ってば!」
 唐突に怒鳴りつけられたのは、ややあってからのこと。
 開店から冷たい飲み物が出続けたため、カウンターの中で必死に氷を砕いていた元気は、はあ? と顔をあげる。
 いや、別に俺は可愛くなくてもいんだけど。
「だから、井上美奈子よ! 知ってるでしょ? 今ブレイク中の巨乳よ、巨乳!」
「……巨乳って紀ちゃん」


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