できれば今夜はこいつの相手はしたくはなかったと思いつつ、工藤は無言でオフィスに入る。
「どうしようもないバカ女! 真帆って! 何様のつもりよ、『このヒロインって、ちょっとくらい影があった方がいいのに』とかって、この私の目の前で言うのよ」
何も答えない工藤に、憤然としてアスカは尚もたたみかける。
「あ、お帰りなさい、雨まだ降ってました?」
午後五時を過ぎ、パソコンに経費を打ち込むのに余念がなかった鈴木さんは一息ついて、帰り道のお天気を心配している。
「お帰りなさい、工藤さん、日映の穂積さんから、パーティ出席の催促、再三きてますけど」
パソコンから顔を上げて、良太が告げた。
「適当に断っておけ」
一瞬、皺の寄った眉間にさらに皺を加えて工藤は抱えていたコートを奥のデスクに放る。
「適当にったってね、紫紀さんも出席するみたいだし、大体、千雪さんだって出席するらしいですよ、工藤さんが欠席ってのはやっぱまずいでしょ。俺も出ろっていわれてるし、出席って返事しときますね。スケジュールはOKですから」
宴会、パーティに限らず集まりに出るのが嫌いで、極力避けて通りたい工藤の思惑を無視して、良太はきっぱりと言い返した。
千雪が出席するというのが、工藤に一番効力があると知った上で良太はちゃっちゃか決めてしまう。
映画配給会社最大手の日映社長の藤本一郎は、現日映会長藤本喬の長男に生まれ、工藤がまだ新人時代MBCに在籍、プロデューサーとしても名を馳せた男である。
その一匹狼的な孤高さがいいとかで、どういうわけか工藤に目をかけてくれていた藤本は小林千雪原作の映画化の話を持ち込んだ工藤にすんなりと出資を快諾した。
ここ数年邦画の収益が洋画を凌駕する勢いで、日映はそれに一役も二役も買っている。
一月下旬に封切られた小林千雪原作の『春の夜の』は前評判どおり興行収益が五十億を超え、大いに機嫌をよくした藤本が音頭を取って関係者を招いて祝賀記念パーティを開くという。
しかも日映株式会社創立六十周年記念行事の一環としてである。
ただの映画の祝賀会だけならまだしも、創立記念ともなると、業界財界からこぞって著名人が集まるわけである。
そんなものうっちゃっとけ!
工藤は最初、良太から話があった時には即答したのだが。
MBCの筆頭株主でもある藤本は、大学からの先輩にあたる鴻池産業の鴻池ともども工藤にとっては仕事上大きな影響力を持つ存在にも関わらず、今までも宴会嫌いという性分から一応声をかけてくれる誘いを平気で断ることが多い。
工藤からはその断りの理由を逐一考えてうまく伝えろと言われて四苦八苦していた良太だが、この頃は工藤を丸め込む術も心得てきたようだ。
クソ生意気に!
工藤はセカンドバッグから手帳を取り出して、椅子に腰を降ろすと長い脚をうざった気に組んだ。
「何だって、真帆なんかキャスティングしたのよ! しかも女子大生なんて嘘っぽいったら。工藤さぁん、なんてべったりされるのが実は好きなわけ?」
スケジュール確認をして、電話を一つ二つしたら自分の部屋に上がろうと思っていた工藤に、さらにアスカが詰め寄った。
「俺のキャスティングにミスはない。あいつはそれなりに成長している。それはお前もよく分かってるだろう」
工藤に断言されて、言い返す言葉を見失ったアスカはそれでも唇を尖らせる。
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