ACT 1
岸井政権が、支持率低迷でぐずぐずのままもろくも幕を下ろし、混沌としていた永田町だが、石渡元外相と野上元官房長官との一騎打ちの末、野上新首相が誕生したのは、暖冬といわれた二月末のことだった。
そのせいか、いつも以上に慌しいKBCテレビの社屋をあとにした工藤高広は、そぼふる雨の中、青山通りにゆっくり車を走らせる。
昨年秋の衆議院選挙においてはかろうじて与党である国民党の面目を保ち、年明けまで踏みとどまっていた岸井政権だが、党の裏金問題や外交その他やることなすこと不評を買いついに辞任に踏み切らざるを得なくなった。
ついこの間までどこもかしこも甘い匂いで溢れていたチョコレート祭りもやっと終わって少しはまともになったはずの巷に目をやれば、総理の名前さえろくに言えないだろう若いカップルが己の国の行く末を憂慮すべくもなく、雨に濡れるのもいとわずただ大口を開けて笑っている。
そんな様を目の当たりにすると、工藤の眉間の皺が一段と増える。
工藤は政治家が嫌いである。
だが、薄汚い金と力にモノを言わせて国を牛耳ろうとする政治屋と何も考える頭も持たずだらだらと目の前の快楽に興じる若者どもと、その生き様のどちらに転がろうが、工藤には大した違いを見出せるとはついぞ思えないのだった。
若い者を理解するにはオヤジになり過ぎたのかもしれないが。
乃木坂にある青山プロダクションのビルの角を左へ曲がり、駐車場へと車を滑り込ませた工藤は、警備員に一礼してエレベーターを待つ。
工藤がこの青山プロダクションを起業して十年余り。
映画、テレビ番組等の制作とタレントの育成及びプロモーションが業務のメインだが、今のところ事業自体は軌道に乗ったどころか社員もタレントも常にフル回転といった状況だが、工藤自身いささか疲れを感じることが多くなった。
良太あたりには思い切り年寄り扱いされそうだな。
元気ばかりが取り得だった広瀬良太も、ちょっとばかり自分の仕事に自信をつけ始めたらしく、最近では生意気に工藤に休みを取れなどと進言する。
万年人手不足状態の原因に自分の出自が大いに関係していることでは、工藤も社員に対してすまないという気持ちがある。
常に母校のT大では人員を募集し、しかも新入社員としては破格の給料を提示しているものの、今までかつて面接まできて残ったのは良太くらいのものだ。
いくら縁を切っているとはいえ、広域暴力団中山組組長の甥という事実は、どこかしらから漏れ伝わるもので、それを隠してまで社員になってもらってもいずれ耳に入ることだからと、面接の際にはっきりと告げることにしている。
青山プロダクションの社員やタレントはスポンサーとタイアップしたオーディションで入ったタレント、南澤奈々のほかは、保証人倒れした親のために借金を背負った良太のように何かしらの問題を抱えているか、中川アスカのような物好きでなければ、居つこうなどとは思わないだろう。
もっともアスカの場合は、ちょうど前の事務所が問題を起こし、たまたま人気推理作家の小林千雪の作品を映画化したのが青山プロダクションであり、小林千雪のファンだというだけの理由でこのプロダクションにほぼ押しかけ同然でやって来たのだ。
いずれにせよ、組長の甥が何? くらいな勢いのアスカのごとく、且つ、MBC時代、鬼の工藤と呼ばれた業界の風雲児に平気で文句を言えるような手合いでなくてはここの事務所では務まらないのだ。
「ちょっと、工藤さん、あの女、何とかしてよ!」
オフィスのドアを開けるなり、その手合いが仁王立ちになっていた。
next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
