「そういえば先日、千雪くんはそちらにご厄介になるかもしれないとか聞きましたが、もう引っ越しとか決まったんでしょうか?」
「ええ、主人も娘も勧めているんですけどね。一人じゃ何かと不便でございましょう? ちょっと前向きに考えているみたいなことを申しておりましたけど、また、エッセイの執筆があるとかで山に篭るとか申しまして、まあ、一人じゃないとお仕事もはかどらないのかも知れませんし、無理には申しませんけどねぇ」
エッセイで山に篭る? 何だそれは?
いずれにせよ、一応、原の家には連絡を取っているらしい。
少しはほっとしたものの、どこにいるのだとか突っ込んで聞けそうにない。
「ええ、母の日には間に合わせられればと。よろしくお願いします」
この際、原の家や千雪の伯父が社長をしている呉服問屋『大和屋』とつながりを作っておくのもいいかもしれない。
携帯を切ってから、やはり千雪が自分から逃げていってしまいそうな状況に、苛立ちを募らせた。
そんな時に限って、また富永教授から呼び出しを受けることになった。
「一体、何を考えてるんだ! 殺人鬼のクソヤロウ、俺は今それどころじゃないってのに!」
夜中の一時である。
京助は持っていきようのない怒りを立て続けに起こった殺人事件に対してぶつけるように言い捨て、ろくろく休んでもいない状態で、車のエンジンをかけた。
平造がお茶を持ってきてくれた頃、千雪はあと一息というところまで原稿を書き終えていた。
あとはタブレットに打ち込むだけだと、テーブルの上の時計をみると午後十時になろうとしていた。
ドアに鍵をかけていたので、ドア口まで行ってお茶のトレーを受け取った。
「あとは何か必要なものはありますか?」
「いえ、おおきに、お茶いただきます」
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