「え?」
「あかんのや」
研二はもう一度口にした。
「……そうかて……まだわかれへんやろ? 時間が経って、真由子さんようならはったら」
千雪がふっと笑ったのは、温泉旅行の時、研二と三田村、辻が話していたことを思い出したからだ。
「桜陽の子が、お前がいるから俺に近づけへん言うたて、あれ、逆やろ? 俺がおったから、お前に近づけん子がいてたんやない? なあ?」
研二は相変わらず渋い表情のまま千雪を見ていた。
「ほんまは、俺……、あの時、ああ、もうお前には俺なんか必要ないんやなて、思て…」
その言葉を口にした途端、ポロっと千雪の目から涙が零れ落ちた。
「千雪……あほやな、そないなことあるわけないやろ………」
やっと研二はそれだけ言った。
「そうかて、知らんうちに結婚してもうて、江美ちゃんに聞いたんは何もかも終わった後やったで? やっぱ薄情なヤツや思うたわ……」
千雪は当時のことを思い起こしながら続けた。
「けどまあ、お前が幸せならてな。もう、俺なんかおってもおらんでもええ存在になってもうたて、あの街に行っても俺のおる場所なんかもうないんやて………帰るのんももう億劫になってもうて………そしたら江美ちゃんも結婚するしな……」
千雪は空笑いする。
「アホやな、お前こそ、こっちで名探偵とか言われて、ベストセラー作家なんぞになってしもて、みんな、あの街のことなんか忘れてしもたんやないかて噂しよったんや」
「俺にはあの街が原点や。やから書いとることもあの街やみんなのことや」
「せやな。お前の書いたもん読めばわかるわ。やから同級生ら、お前ンこと待っとったんやで?」
去年の春に久しぶりに帰った時に、千雪にもそれはよくわかった。
だが、あの時、同時に身重の真由子と研二を偶然垣間見て、千雪は、研二には自分は完全にもういらないのだということを思い知ったのだ。
「そやな。けど俺は、ほんまは、研二の隣にいたかってん」
研二は千雪を凝視した。
「研二………」
何も言わず、研二はただ千雪を抱きしめた。
「……違うんや………」
しばらくして、研二は一言、吐き出すように言った。
やがて研二は静かに千雪を離すと、「千雪は泣き上戸やな」と千雪の顔を覗き込んだ。
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