ゆうされば7

back  next  top  Novels


「ああ? 犬連れのおっさん?」
 聞き返す京助に、数日前に出くわしたハスキーがひどく懐っこかったことや、散歩の途中でリードをつけたまま逃げ出した犬を追いかけて息を切らして探し回っていた中年の男とその犬にまた今日も会ったことなどを千雪は話した。
「うちは広尾やねんて。このあたりまで三十分以上かけて散歩させてるらしいわ。えろ、懐っこい犬やねん」
「ふん、それで犬が欲しいってか?」
「前のアパートやったら無理やったけど、ここなら犬が数匹おっても平気そうやん」
 散々アパートを引っ越したくないとごねていたくせに、と京助は心の中で呟くが口には出さない。
「それはいいが、お前ちゃんと面倒みられるのか?」
 その言い方に千雪はむっとする。
「何やそれ、まるでガキに言って聞かせるみたいな」
「そりゃ、生き物を引き取るんだ、それ相応の責任を持たないとだし、散歩も行かなけりゃだし、ハスキーなんか割とでかい方だから結構散歩も時間かけねえとな」
 実家にも大型犬がいるが、散歩も行くし、昼間は広い庭を自由に歩いている。
 犬たちの環境的には実家は適しているだろう。
「昔うちにいたマックに、あの子何となく雰囲気が似てるんや」
「ああ、シェパードだっけ?」
「うん。でも京助の実家はええよな、広いドッグランあるし」
 いや、あれは庭でドッグランというわけでは、などと言うと、またぐちぐち言い返すからやめておこう、と京助は言葉を飲み込んだ。
「書けねえとあちこち逃げ回ってるくせに、犬の世話なんかできるのかよ」
「そら、いたらいたで、ちゃんとするわ。京助もいてるし」
 それを聞くと、「初めから俺に世話させるつもりでいるだろ、お前」と京助は思わず突っ込んだ。
「それはまあ、臨機応変にや」
「フン、何が臨機応変にだ」
 呆れながらも京助は続けた。
「それでどこで犬を探すんだ? ブリーダーならきっちりしたとこじゃねえと」
 何のかの言いながら、京助も既にその気になっている。
「いや、やっぱ引き取り手探しとおる保護犬やろ」
「うーん、なら小夜子のボランティア仲間に、保護団体もいるみたいだから聞いてみるか」
「せやな。京助、そこの団体から、一匹連れてきて」
「はあ? お前が飼いたいって言ったんだろ?」
「どの子も連れてきとうなって、一匹なんて選べへんもん、俺」
 千雪の言い草に、京助にはもう言うべき言葉がなかった。
「ああ、わかったそのうちにな」
 テーブルの鍋や食器を片付けにかかった京助は、「またその辺に寝ちまう前に、風呂入っとけ」とキッチンに向かう。
「うん」
 千雪はおざなりに返事をして、バスルームに向かった。
 寒くなってきたから、バスタブに湯をためて入浴剤を入れてあったまろうと、千雪は湯を出した。
 マック、湯につかるの好きやったな。
 千雪は子供の頃、大きなマックを洗っているうちにずぶぬれになり、最後には一緒に湯船に入ったことを思い出した。
 あの子も家でお風呂いれてもらうんやろな。
 ふと、いつの間にか、あの懐こいハスキーを洗ってやっている自分を思い浮かべて、千雪は笑った。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます