しばらく三人で話し込んでいたが、やがて山根はまた工藤のところへ戻ってきた。
「白河さん、少し佐々木先生のところで指南していただくそうです」
さっきまで難しい顔をしていた山根はにこやかに笑った。
撮影は茶室のシーンを飛ばしてもう一つのリビングのセットの方に移動し、次のシーンの撮影へと変わった。
家元夫人が四ノ宮に殺人の疑いをかけられ、検事の六条がわざわざ出向いてきたと夫の次期家元とされる若宗匠からも追及されて口論になる、というシーンだ。
もともと夫人とは家元が決めた縁談で、若宗匠には何年も前から懇意にしている芸妓がいるという設定で夫人もそのことを知っているし、一門の間でも公然の秘密のようなものになっており、夫婦間は冷え切っているが、夫人は一人息子を一人前にすることに心血を注いでいる。
激高する若宗匠に対して、夫人は冷静な言葉でやり込める。
このシーンで白河は妻が夫を冷静に糾弾するという表情に凄みさえ感じられる演技を見せた。
茶室の撮影は後日に延びたので、工藤は森村に白河と佐々木を送り届けるように言い、元々負けず嫌いの白河が先ほどの工藤の叱責を跳ね返すような完璧なたたずまいを見せたことに苦笑した。
「白河さん、高広の頼みだから役を受けたのよね。かなり、気合入ってるわ」
腕組みをして撮影を見ていた工藤の横にいつのまにかひとみが来てそんなことを言った。
「まあ、白河さんに太田美香子なんて大物が加わってくれたお陰で、全体に重厚さを増してるわね」
「太田は千雪のファンだってことで、受けたって話だ」
「良太ちゃん? どう? 向こうで元気でやってるのよね?」
工藤は眉を顰め、「あいつはどこでも元気印だ。やり過ぎないようにくぎを刺しておいた」とぼそりと言った。
「そう? あと、ひと月半くらい? もう早く帰ってきてくれないと、撮影も面白くないわよ」
そんなひとみの文句を聞き流しながら、工藤は心の中では頷いていた。
宮下も必要以上に良太をニューヨークに留まらせるようなことを考えなければいいが、とまた眉を顰める。
良太にプロジェクトリーダーをやらせたのも、どうやら宮下に良太が気に入られたらしいとはわかっている。
自他ともに厳しい宮下に気に入られたというのは、むしろ喜ばしいことに違いないが、工藤にしてみれば、よその会社の人間に気に入られたところで、自分の会社の仕事が滞るようでは意味がないのだ。
それもいいわけか。
工藤は心の中で自分に突っ込みを入れる。
「え、広瀬さん戻るまであとひと月半もあるんですか?」
天野までがわざわざそんなことを口にしながら、ひとみの横に立った。
この男も打たれ強いというか、工藤の罵倒などどこ吹く風で飄々としている。
舞台でかなり鍛えられたというから、ちょっとやそっとではへこたれない強さを持っているらしい。
この天野の人選も、もとはといえば良太だ。
ベテランのバイプレーヤーにも可愛がられているらしいし、良太が工藤からみた評価は低いと思い込んでいるのは、おそらく以前良太が代役でCMやドラマに出た時に、工藤が商品価値がないなどと口にしたことをまだ根に持っているからだろう。
良太が自分で黒歴史だなどと言っているのも、それが根底にあるからに違いない。
あれは確かに良太を自分の手元に置いておきたい意識が言わせたことだと重々わかっているのだが、自分でもバカなことを言ったと工藤は未だに思う。
良太の誤解を解きたい半面、まあ当分はそう思わせておけばいいかなどというのも本音ではある。
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