鈴木さんが帰ると、良太は自分の部屋にそそくさと上がり、猫たちのお世話をしてから、クローゼットを覗き込んだ。
以前工藤の命で誂えたブランド物のスーツを着ると、髪形も滅多にやらないがジェルで前髪をかきあげるように整え、いつものリュックではなくかっちりしたブリーフケースを手に、良太は部屋を出た。
近所の眼鏡屋で度のない眼鏡を調達すると、鏡の中の良太はビジネスマン風に仕上がっていた。
俺だって変装くらいできるって。
千雪さんのあのヨレヨレコスプレには負けるけど。
その足で六本木にあるというクラブ『ベア』に向かった。
歩いても十分ほどで、店の前に着いた。
時刻は八時半。
大通りから細い通りを入ってすぐ、比較的新しいビルの三階が『ベア』だ。
よし、行くぞ!
気合を入れてビルに近づこうとしたものの、高級クラブなんぞに一人で足を踏み入れるのは、良太にとって至難の業だった。
つい、エントランスの前を通り過ぎてビルの横の細い通りに入ってしまった。
自販機の横でしばし情けない顔のまま、ブリーフケースを抱えて良太はため息をつく。
「接待とかだったら、ガンガン行けるんだけどなあ」
これでもスポンサーの接待で、ご希望の高級クラブとかくらい行ったことはあるのだ。
だがしかし。
「実は工藤ってこういう店、嫌いなんだよな」
以前秋山が、日本各地に工藤には知り合いのママがいる、なんて言ってたが、どうやらそれは仕事上の接待のためで、宴会もパーティも嫌いだということをここ数年の付き合いで良太はよく知っている。
宴会やパーティなんかはたまに良太も一緒に行くことがあったが、スポンサーの接待でもあまりしゃべりもしないし、いつの間にか良太を一人残して姿を消しているなんてこともざらだ。
俺を人身御供にしやがって!
それがクラブとかキャバクラとかなんて、特に要望がない限り行かないし、女の子を侍らせてわいわい酒を飲むってこと自体嫌っている工藤が、そんな店のママとどうこうなんて、俺のヤキモチを棚に上げたってあり得ない。
ビルに入ろうかどうしようかウロウロしているうちに既に十分ほどが経っていた。
その間にもいろんな人間が前や横を通り過ぎる。
目を引いたのがいかにもケバイ真っ赤なワンピースの派手な頭のえらく背の高い女で、二度ほど近くを通り過ぎた。
顔はハーフっぽいかなりな美女だが、いかんせん背が高い。
ヒールはさほど高くはないから、実際はスーパーモデル並みに背が高いことになる。
この辺りはモデルや芸能人も多いから、彼女もモデルか何かなのかもしれないが、それにしてはケバイだけで、むしろあの美貌を帳消しにするようなファッションセンスだ。
ちぇ、俺だってこの業界で仕事してるんだ、そのくらいわかるって。
良太はしばしこの妙な女から目を離せないでいたが、エントランスに入っていく一人の男を見て、思わず声を上げそうになった。
「何で、藤堂さん?」
エントランスのライトで、その顔はくっきりわかった。
「え、何で?」
ややあって入れ替わるように男が一人出てきて、あたりをきょろきょろと見回した。
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