春立つ風に130

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「また、話せますよ」
 良太は苦笑する。
「でも、先生って、噂とは大違いね」
「え…」
 竹野の発言に良太はドキッとする。
 まさか、バレてないよな?
「何かさ、小林千雪っていえば、モッサリ、ネクラ、臭そう、オヤジ、みたいなこと言われてるじゃない? でも、きっちりスーツ着てるし、臭いことなんかないし、オヤジって、メガネの下の肌、どっちかっていうとピチピチって感じ?」
 うっわあ、さすが女優!
 見てるとこ違うわ。
 ってか、この人、洞察力鋭いよな。
「ああ、今はよそ行きのスーツ着てるから。普段はチョー奇抜なあり得ないジャージで動いてるし」
 良太は慌てて千雪の巷のイメージを覆さないような言い方をした。
「でも、さっきの電話のやり取り、オヤジじゃないよ? しかも動きが機敏。それに眼鏡ってさ、屈折してるとレンズがこう………」
「あ、来ましたよ」
 それこそ名探偵張りの謎解きを始めた竹野の科白を遮って、良太はエレベーターに二人を促した。
 マネージャーの佐田は竹野に続いてエレベーターに乗り込んだ。
 それぞれの事務所のやり方や、立ち位置によって違うだろうが、細かく口を出すマネージャーもいるが、佐田の場合いざという時には口を出すが、謙虚で静かなタイプだ。
 無論竹野の場合、年齢は若いがキャリアは長いし、仕事に対してはきっちりしているので、ある程度本人に任せているし、プライベートには関知しないようだ。
 ただし、これまでにも歯に衣着せぬ物言いで共演者をやり込めたり、エキセントリックな面が目立っていたため、彼女と共演はいやという俳優も少なくなかった。
 昨秋のドラマで実は彼女と付き合っていた俳優がこっぴどく振られたのを理由に役を降りるという一件もあり、お陰で良太が四苦八苦したのだが、結果、本谷和正のキャスティングはむしろいい方へとつながった。
 さらに、竹野の雰囲気が良くなったのは良太のお陰だと言ってくれる人がいて、良太としては背中がむずがゆいくらいで、何をしたわけでもないと思っているが、一緒に鍋をしたりでフランクに話せるようになったこともあり、彼女がやりたがっていた、小林千雪原作のドラマ出演となったわけだ。
 お陰でドラマ制作陣側も出演がかなった竹野にもwinwinというわけだが、あまり俳優陣とは接触したくない千雪にしてみれば有難迷惑だったようだ。
「それじゃ、今夜はごゆっくりお休みください」
 良太は佐田と一緒に竹野を部屋の前まで送り、佐田も自分の部屋へと向かうと、即座にエレベーターで一階フロアまで取って返した。
「あ、千雪さん? 今、どこです?」
「ラウンジや。辻と山倉も」
 電話で確認すると、良太は電話を切り、エレベーターが一階に着くなり飛び出した。
 大柄な二人の男と千雪が座っているテーブルはすぐにわかった。
 ラウンジのスタッフにコーヒーをオーダーすると、「それで、一体どうなってるんです?」と良太は切り出した。
「柏木のことはずっと山倉らに張ってもろてたんや」
 千雪は言った。

 


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