春立つ風に137

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 メガネはポケットに入っている。
 さっきラウンジで、どこかで見たと思った男の顔を思わず携帯で撮っていた。
 ずっと気にかかっていたその顔を思い出したのは、この部屋でしゃべっている時だった。
 前に、赤坂で俺を工藤さんの女と勘違いしよった連中と一緒にいた男や。
 あいつ、島本組や思うとったら、大石の一派か。
 辻と山倉には帰る直前にその画像を携帯に送り、この顔を見たらすぐに知らせるようにとラインしておいたのだが。
 歩いていた千雪の前に立ち塞がったのは、その手のもんですと言わんばかりのスーツの男だった。
 千雪は立ちどまって男を凝視した。
「車に連れ込め」
 男の命令でSUVから降り立った男が千雪に掴みかかろうとした。
 ひょい、と千雪はその腕を逃れる。
 だが後ろから来た二人の男が千雪に手を伸ばそうとして、山倉にいきなり足元をすくわれる。
「何やお前ら!」
「それはこっちのセリフやで!」
 千雪の腕を掴んだもう一人の男を辻が蹴り倒す。
 中年の男が二人、蹴り倒された半グレっぽいチンピラが起き上り、似たようなのがもう一人、辻と山倉に殴りかかった。
 そこへ走り込んできたのは森村だ。
 ひょろっとして見えるが、的確に相手の弱点を突いて叩きのめす。
 ものの五分ほどで三人は男たちを動けなくした。
 だがその間に、例の男は逃げてしまい、騒ぎを聞きつけた警備員らが駆けつけてきた。
 千雪は警備員が来る前に辻に目で合図をして、素早く駐車場のエレベーターに乗り込んだ。
「あ、お帰りなさい。あれ、コンビニ寄らなかったんですか?」
 ドアを開けて入ってきた千雪が手ぶらなのに気づいて、良太が尋ねた。
「それがな」
 いずれわかることだからと、千雪は襲われたことを話した。
「ラウンジでどっかで見た顔や思うとったんや」
「え、じゃああの時も、大石の手のものだったんですか? ってか、千雪さん、やめてくださいよ、わかってて出てったでしょう?」
 ようやく良太は気づいて千雪を軽く睨む。
「まあまあ、辻と山倉いたし、モリーも呼んだら来てくれたよってな」
 良太は、はあ、と大きく溜息をつく。
「今になって冷や汗出てきましたよ。千雪さんに何かあったら、俺切腹もんですよ。工藤さんにそれこそ言い訳がたちません!」
 千雪は苦笑した。
「大石側は俄かに焦って、俺を工藤さんを脅迫するための手段にしようとしたわけや。どこから俺が工藤さんのイロやなんてデマが流れよったか知らんけどな。つまりや、大石にとってほんまは工藤さんを陥れるために動いとった柏木が死んだんは根耳に水やったいうことやろ」
「やっぱり、柏木弁護士って大石とそういう繋がりだったのかな」
 千雪の推理を聞かされても、今一つ納得がいかない。
「でも、千雪さん、柏木さんはひょっとしたら生きてて、亡くなったのは家政婦の長岡さんじゃないかって思ってるわけでしょ?」
 良太は首を傾げる。

 


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