寒に入り1

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 五日くらいまでは晴れていい年明けだったのだが、六日の朝から寒波の襲来で東京は年末の大雪にもまして交通にも人の動きにも影響が出た。
 雪が十センチも積もれば、東京では大雪なのだが、本来の大雪に見舞われている地域に住む人々からは、その程度で大雪などと言うのはおかしいだろうという意見が多くあるようだ。
「大雪って表現を変えりゃいいのに」
 ここ乃木坂にある青山プロダクションに勤務する広瀬良太は、窓の外を見ながら呟いた。
「そうねえ、変よね、少し」
 そう言って頷いたのは、経理兼あらゆる庶務を引き受けてくれている鈴木さんだ。
「十センチの積雪により、交通その他に影響が出ますとか、ただそのまま伝えればいいのに、大雪とか言うから語弊があるんだ」
 良太はまた口にして自分の考えに頷いた。
「工藤さん、この雪の中、武蔵野ですって?」
「ええ、局にいた頃にお世話になった名プロデューサーらしいですよ」
 社長の工藤高広宛に訃報が入ったのは今朝がたのことだ。
 大野というプロデューサーの娘からで、ここ数カ月臥せっていた父親が昨夜亡くなって、今夜がお通夜だという。
 キー局に在籍していた頃は、鬼の工藤と異名を取り、スポンサーやら脚本家、監督などのどんなお墨付きがあろうが、使い物にならない俳優など即刻降ろす、忖度なく首を切る、というので、工藤の手にかかればほぼヒットしない方がおかしいくらいという勢いのある敏腕プロデューサーだったものの、あちこちに当然敵も多かった。
 もっともそれには広域暴力団組長の甥という特異な出自も関係していたのだが、それでも大野をはじめ工藤を後押しする先輩や上司がその手腕を認めてくれたお陰で、キー局を離れて青山プロダクションを興してからもこの世知辛いご時世にあって会社の業績は右肩上がり、手がけたドラマや映画はヒットを飛ばしとくれば、社長など左うちわでふんぞり返っていても不思議はないはずだ。
 だがしかし、ことはそううまくいくものではなく、順調な業績とは裏腹に、主に工藤の出自が原因ではあるが、せっかく面接にやってきた学生を前に、俺の伯父はと凄んで見せるのが災いして、約一名を除いて新入社員が入ってくれたためしがなく、万年人手不足が解消されない状況で、工藤は今年も年明け早々正月も何もないというくらい東奔西走していた。
 無論今日も雪などに恐れおののいている間もなくタイトなスケジュールをこなすはずだった工藤だが、不義理をしていた恩師の最後くらい見送らないわけにはいかなかった。
 昨年末のクリスマス、やはり東京は寒波に見舞われ、交通機関が乱れるほどの雪が降り、革靴でベタ雪の道を歩いた工藤は、見事に足元はぐちゃぐちゃになり、幾度となく転びそうになった。
 待ち合わせた良太はちゃっかり雪用のスニーカーを履いて、靴はリュックの中という技を使って見せた。
 クソ生意気に。
 そう心の中で呟きながら、今日の工藤は雪用のスニーカーを購入し、革靴をその箱に入れた紙袋を手に持った。
 負うた子に教えられるとはこのことだ。
 ほくそ笑みながら中央線の武蔵境駅で降りると、駅前からタクシーに乗った。
 無論、タクシーを待つ何人かの列ができていたが、暮れの雪で学習したのか、傘が必要なベタ雪が降り注ぐ中、大抵が雪対策用のスニーカーなどを履いていた。
「景徳寺ですか。いつもなら十分程で着くんですが、今日はちょっと時間かかりますよ」
 あらかじめそう念を押した運転手に、「かまわない」と告げた。
 それを見越して、早めに出てきたのだ。

 


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