寒に入り2

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 車の中でスニーカーを靴に履き替えながら、工藤は入社したての、尖った自分をにこやかに押さえてくれた大野の顔を思い出していた。
 局内でも有能なプロデューサーとして知られ、工藤が退社する頃には取締役になっていた。
 大らかで、特異な出自ということで工藤を蔑視するようなこともなく、むしろ背中を押してくれた恩人だ。
 だが、大野が目をかけていたのは工藤だけではない、我こそが大野の弟子だと自負するような者もいて、工藤を敵対視した。
 そのうち工藤は鴻池と組むことが多くなり、次第に大野とは距離ができた。
 辞めることを報告に行ったその時が、今思うと大野との最後のやり取りとなった。
 あまり派手にはやるなという父の意思で、家族葬のようなものですから、よろしかったら最後に父に会ってやってください。
 えり子といった大野の娘には、一、二度局を訪れた時に会ったことがある。
 決して派手ではなかったが、大野に似てはっきりした顔だちの美人だった。
「実はね、えり子がどうも君に惚れたらしくてね。どうだね、うちの娘と付き合ってみるとか?」
 飲み屋のカウンターに座ると、大野がそんなことを言い出した。
 その頃の工藤は、恋人のちゆきの死を未だ引き摺っていて、仕事以外では女を手あたり次第というような時期でもあった。
 自分の娘が可愛いければ、そんな工藤にする話ではないだろう。
「いや、鴻池くんにちょっとだけ聞いたんだ。フィアンセに死なれてから君はプライベートが荒れているらしいとね」
 余計なことをと思ったが、結局それを口実に工藤はやんわりと断ったのだ。
 えり子は大野の弟子と言われる者たちの間では、どうやらマドンナ的な存在だったようで、彼女に告って振られたというような話も耳にした。
 その後、えり子は堅実な高校教師と結婚したらしいと噂に聞いていた。
 工藤とは同年代、電話の声からも落ち着いた女性の雰囲気が伝わってきた。
 景徳寺への階段を上がる頃には既にあたりは暗く、雪は小やみになり、門をくぐるとまだ通夜が始まる前だった。
「工藤さん」
 喪服を着た女性が暗がりにも関わらず工藤を見て声をかけてきた。
「こんな悪天候の中、お忙しいところありがとうございます」
「…………いや、この度はご愁傷様です」
「最後に工藤さんに来て頂けたら、父も本望でしょう。生前、口癖のように言ってましたのよ。俺の一番弟子の工藤は、今、大活躍だ、なんて」
 どうやら父親の死を覚悟していたかのような口ぶりだった。
「ごめんなさい、勝手に一番弟子だなんて」
「いや、光栄です。本当に不義理をしてしまいました」
 時間があったら、通夜の後、父の顔を見てやってくださいと言われ、どのみち仕事はキャンセルしたのだと、言われるまま終わるまで待つことにした。
 剣片喰だな。
 工藤はえり子の着物の紋に何げなく目をやった。
 大野の姓のままだから婿養子か。
 家族葬というだけあって、親戚と数名の知人くらいが訪れただけだった。
 ただ、その中に局にいた頃、工藤を敵対視していた顔を見つけて、工藤が眉を顰めると、相手も工藤を睨み付けてきた。
 やれやれ、未だに根に持っているとか、ガキじゃあるまいし。
 読経の間、工藤は祭壇に飾られた大野の穏やかな笑顔を見つめていた。

 


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