七十代では今時まだ若いだろうその生きざまは、良太が以前ブツブツ呟いていたように魑魅魍魎が跋扈するような業界にあってはいっそ清々しいまでに実直だった。
「何でお前がおめおめと顔を出すんだよ」
通夜が終わり、残った数名が棺の前に座った時、早速文句をつけてきたのは、工藤の同期で、大野が工藤工藤と可愛がるのが面白くないらしく、何かというと突っかかってきた男だった。
「福井さん!」
えり子がきつく言った。
「だってそうだろう。大野さんに目をかけてもらいながら、鴻池なんかとつるみやがって」
一体いつの話だというようなことを口にする福井を工藤は呆れて見やる。
「鴻池さんは明日来てくださると連絡がありました」
凛としてえり子がつげた。
「そうですか」
福井も大野を慕っていたからこその発言なのだろう。
いずれにせよ大野のことを悪く言う人間はいないはずだ。
「お知らせくださってありがとうございます。大野さんに一言でも最後に声をかけられた」
門まで見送ってくれたえり子は工藤に深く頭を下げた。
呼んでおいたタクシーが階段の下で待っていた。
タクシーに乗り込むと工藤は言いようのない寂寥感を覚え、無性に良太の顔が見たくなった。
必然的に能見学は良太一人で行くしかなくなった良太だが、ちょうどオフィスを訪れた所属俳優小笠原祐二に声をかけると、空いているから一緒に行く、ということになった。
初めて見た能の世界は、良太が思っていた以上に良太を引き込み、その動きや謡いにいつの間にか夢中になっていた。
終わった後、小笠原の行きつけの居酒屋に二人で立ち寄った。
ビールで乾杯すると、小笠原は次々と出てくる料理を食べながら取り皿に取り分けていく。
二人とも腹が減っていたので、とりかわ、ねぎま、キモ、餃子、唐揚げ、もつ煮込み、たこわさ、ナスの揚げびたし、カキフライ、シーザーサラダ、刺し盛りと片っ端からオーダーした。
「ちぇ、本谷ほどじゃないけど、これでも昔は女の子にきゃあきゃあ言われたこともあったんだぜ」
「へえ」
自慢げに話す小笠原に、良太はさして興味もなさそうに相槌をうち、ねぎまを齧る。
四人掛けのテーブル席がそれぞれパーテーションで区切られていたし、アイドルのように追っかけがいるわけでもないので、小笠原が店に入ってもそうと気づかれてもいないようだった。
「このやろ、ちょっとはよいしょしたらどうなんだよ」
「何で俺がお前をよいしょ?」
「てめ、マジで聞きやがったな」
「プライベートなんだから、目立たない方がいいに決まってるだろ」
食べることに集中している良太は、サラダを口に運ぶ。
「ちぇ。まあ、いいけどさ、さっきの、俺、何か、すげえもん見たって感じ」
「急にどうしたんだよ」
良太は胡散臭げに小笠原を見た。
「いや、ホンモノってああいうののことを言うんだなってさ」
小笠原の言動は、良太も口にしそうなものだったので、良太は頷いた。
工藤にバカにされるのは俺だけじゃない。
「だよな。匠って、普段話してる時なんか、もう、ほんと、普通、なんだぜ? それがさ、演技とかに入るとこう、何かが乗り移ったみたいにさ」
「それ! 憑依型っていうのか? 何つうか、とにかくすげかった」
素直に感激の声を上げる小笠原に、良太はうんうんと頷いた。
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