寒に入り41

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「やだあ、お兄ちゃん、野球しかやってこなかったから、今頃そのツケが回って来てるんじゃない?」
「あら、楽しそうじゃない? そうだわ、今、撮影中の映画、『大いなる旅人』、絶対観なくちゃね、お父さん」
 百合子が宣言した。
「おう、良太が仕事で関係してるんなら、観なくちゃな」
 良一も頷いた。
「うん、同じシリーズのドラマはたまに見たことがあるし、面白いよね」
 亜弓も同意する。
「そうなんだよ。あのドラマ面白いから出てみたいって俳優さんもいるんだよね」
 良太はつい言葉に力が入る。
「宇都宮さんは?」
 すかさず亜弓は口を挟む。
「いや、あの人は、超忙しくてもうずっとスケジュール決まってるし」
 あんな超主演級の俳優、おいそれと出てもらうわけにいかないだろうが。
 心の中で良太は別の言葉で言い返す。
「なーんだ。あ、あれも好き! 老弁護士シリーズ! ドラマ見てるわ」
「ああ、小林先生原作の」
「でもびっくりだよね? あの先生がさ」
 亜弓が千雪のことを言いかけたので、「ああ、そのことは……」と慌てて言葉を遮る。
「わかってるわよ!」
 その時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
「あ、はい」
 良太は店を出て携帯に出た。
「家族で食事中のところ悪いが、ちょっとトラブルだ」
 工藤の固い声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
 工藤が、悪いが、だって?
 良太は心の中で反芻した。
 俺に?
 あり得ない。
 ああ、でも、工藤、俺の家族のことには異様に気を使うよな。
 以前、家族との旅行を反故にして仕事を優先しようとしたら工藤はひどく怒った。
 まああの時は、藤堂らの口車に乗っかってCMの代役を自分がやるって言いだしたから余計に怒ったんだけど。
 良太にとっては黒歴史を思い出してしまい慌てて頭を切り替えた。
「近藤敦久がさっき盲腸で入院した」
「近藤さんが? 急性虫垂炎ですか?」
 確かに由々しきトラブルだと良太もすぐに察知した。
「ああ、盲腸だ。痛みを我慢してたらしく、撮影中に倒れてさっき病院に運ばれた」
 近藤敦久はテレビでも見ない日がいないくらい引っ張りだこのバイプレーヤーで、ドラマの核になるような役柄が多い六十代の俳優だ。
 ドラマ『カラスの城』でも、かなり重要な役どころで出演中だった。
 すなわち、可及的速やかに代役を立てる必要があるということだ。
「すぐに当たってみます」
 いざという時のために『カラスの城』の概要は頭に入れている。
 近藤の役柄を代行できる俳優さん、って言うと………。
「あ、佐藤さんですか? 青山プロダクション広瀬です。その節はお世話になりました」
 佐藤は以前、老弁護士シリーズの『ぶなの森』や『花の終わり』に出演した川岸圭介のマネージャーだ。
 またいつでも声をかけてください、というのが口癖の気のいい人で工藤とも古い付き合いらしい。
 事情を話すと川岸に確認してから連絡をくれるという。
「一人目でOKならすごくラッキーかも」
 独り言を呟いていると、「お兄ちゃん」と背後から亜弓の声がした。
「そろそろ出ようかって言ってるんだけど、どうする?」
「悪い、出るよ」
 良太は亜弓と一緒に店に戻った。
 レジを済ませて両親と亜弓のあとから店を出たところで、良太の携帯が鳴った。
「あ、お世話様です、え、急な案件にもかかわらずありがとうございます。早速お迎えに伺います。はい、では後ほど」

 


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