寒に入り42

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「今から仕事?」
 亜弓が聞いた。
「トラブってて」
 と、また携帯が鳴った。
 ワルキューレだ。
「先に休んでて」
 良太は皆にそう声をかけると携帯に出た。
「あ、はい、川岸さん、今からお連れします」
 背後が俄かに賑わいだ。
 良太が振り返ると杉田さん夫妻と奈々の両親、鈴木さん親子、それにゆかりが良太の家族と合流したところだった。
 みんなの笑い声に良太の顔に自然と笑みが浮かぶが、意識はすぐ仕事に戻る。
 何かあった時のために、工藤から台本を預かってコピーしてあったのが、今回役に立った。
 以前、やはり配役の一人が事故って降板することになった時、代役のために緊急に台本が必要になり大わらわだったのだ。
 良太は川岸の車を先導してロケ現場へと案内した。
 現場に着くと早速出迎えた工藤に、佐藤は、いつもお世話になっておりますから、とニコニコと言葉を交わした。
 川岸は車の中で科白を覚え、着替えて撮影となった時には、まるで前からその場にいたかのように溶け込んだ。
「さすが………」
 傍で見ていた良太は、感心せざるを得なかった。
「よくつかまったな、川岸さん」
 工藤が隣に立って言った。
「たまたま今日オフだったみたいでよかったです」
 明日以降、近藤が出ているカットもいくつか撮らなければならないが、川岸は何とかスケジュールをやり繰りして対応してくれるということだった。
 佐藤は気がいいが、この業界が長い川岸はベテランとしての自負もあり、誰にでもいい顔をする男ではないことを工藤はよく知っている。
 工藤が連絡を取っていたら、果たしてこの緊急時にこれ程気前よく対応してくれていたかどうか疑問だと、工藤は苦笑した。
 主演であろうがワキであろうが、良太がその相手によって態度を変えるようなことは絶対しないというのが、まず相手の信頼を得ている理由だろう。
 工藤の場合、それがスポンサーであろうが業者であろうが十把一絡げともいえるような扱いだから、スポンサーや地位のある人間の反感を買うこともあるのだが、怖い顔の工藤よりあたりが柔らかい良太は好印象で渡り歩いているようだ。
「あ、工藤さん、明日何とか皆さんの見送りだけでも顔を出してくださいよ」
 フン、生意気に。
 良太に言われて心の中で呟いたものの、また苦笑いしている工藤と目が合ったスタッフには、鬼が得体の知れない笑いを浮かべているとしか思われず、つい、怖、とばかりにUターンされた。
 撮影の間にも近くのコンビニでサンドイッチやおにぎり、菓子パンなどを買ってきた良太は、佐藤や川岸、それにどうせ食事もろくにとっていないだろう工藤にもすすめた。
 良太の想像通りだったのだろう、工藤もサンドイッチと熱いコーヒーを受け取った。
 撮影は明け方まで続いたが、五時頃には俳優陣やスタッフが撤収するとともに工藤と良太もそれぞれの車でホテルへと向かった。
 さすがに疲労困憊で、駐車場に車を置いてぼんやりしたまま良太は工藤とエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターのドアが開く寸前、工藤がいきなりキスした。
 エレベーターを降りて、自分の部屋に向かう工藤の背中をやはりぼんやり見つめたまま立ち竦む良太の心の中は沸騰気味だ。

 


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