香坂はパンツスーツだが、いつもよりは気合が入っていたものの、彼女の中ではこんな料亭に来るようなシロモノではなかったようだ。
「身なりなんか汚れてなければ十分だろう」
「あんたはほんと乙女心ってものをおろそかにしてきたみたいね」
何が乙女だ、と鼻で笑う工藤は案内された部屋に落ち着くと、「俺は車だから飲まないが、何を飲む?」と香坂に聞いた。
「そうね、せっかくだから、日本酒にしよ」
次から次へと運ばれる豪勢な料理に舌鼓を打ちながら、香坂は本場の日本酒は美味いと言って堪能した。
「そうそう、加賀くんとちょっとつきあってみようってことになって」
ノンアルコールビールを飲んでいた工藤は、いきなりの香坂の発言に思わず手を止めた。
「は? あの加賀とか?」
あまりに意外過ぎる話に、工藤は問い返した。
まだ香坂の顔の傷は生々しく残っている。
「同業者とは付き合わない主義だったんだけど、加賀くん面白いわ」
加賀がいくつ下だったかは思い出せないし、そんなことはどうでもいいのだが、工藤は意外な展開に少し驚いた。
「だから、あんたと結婚して家族になるってのは無理だって、良太ちゃんに言っといて」
「ああ? なんで良太に?」
またしても意図がわからず香坂の顔を工藤はマジマジと見た。
「私とならあんたも家族を作れるんじゃないかとか、良太ちゃん言ってたから」
工藤は眉根を寄せた。
何だって良太がそんなことを。
「あんなにあんたのことに一生懸命になってくれる子、いないわよ? 高広だってあの子のことがメチャ大事なんでしょ?」
工藤は渋い表情のままアルコールの入っていない液体を空けた。
「ヒロインに目もくれないで良太ちゃん抱えて行っちゃうんだから、わからない方がおかしいわよね」
冗談ぽくさらりと口にすると、「なのにどうして良太ちゃんにあんなこと言わせてるわけ?」と香坂は工藤の痛いところをついてきた。
「ちゃんとあの子に言ってやってる? 大事なこと」
「勘弁してくれ。昨日もうちの秋山に似たようなことで責められたんだ」
香坂を欺くことはできないと、工藤は音を上げた。
「千雪ちゃんも言ってたけど、高広、自分の生い立ちを理由にするのはやめなね」
千雪もぐるかと、工藤は香坂のきっぱりとした突っ込みに苦笑せざるを得ない。
「おい、俺はお前に詫びのランチを奢るつもりできたんだぞ」
「十二分に美味しくいただいたわよ。私への詫びはこれでチャラにしてあげる。でも良太ちゃんのことは話が別よ」
どうやら香坂は断罪の手を緩めるつもりはないらしい。
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