霞に月の118

back  next  top  Novels


「でもさ、佐野さん、これが初めてじゃあないからさ、奥さん、今度という今度は三行半かもねえ」
 松下が感慨深げに言った。
「しょうがないんじゃない? ロケ現場で修羅場とか、あり得ないし。最近不倫には厳しいものがあるし」
 杉本が断罪する。
「でもさ、付き合ってても、結局わからないもんだね、本音のところは」
 ふうっと松下がため息を吐いた。
「なんか、日本て、空気を読み取れっていうか、そういうとこあるだろ? 俺、あの感覚が最初わからなくてさ。でも、やっぱ究極、言葉にしないとダメになることはあると思う」
 森村の言葉に、良太は反応した。
 言葉にしないとダメになる、か。
 そうだよな。
 俺が口を閉ざすと、工藤と俺の間に何のコミュニケーションもなくなるのな。
 こうして、背後に気配を感じていたとしても、テレパシーでもなければ、思いなんかつたわりゃしない。
 千雪さんも、そういうことを言いたかったんだろうけど。
「そうだ、モリーはどうなの? ソフィだっけ? うまくいってる?」
 松下が聞くと、森村の顔がぱっと明るくなる。
「こないだ、ディズニーランド行った! すごく楽しかった」
「いいなあ。でも、T大の院生とか言ってたよね? そんな秀才さんと、話合う?」
「別に、それはそれで、話してることはみんなとおんなじだし」
 森村はちょっと小首を傾げる。
「あたしは相手がT大とかって、ちょっとダメかも。なんか頭のデキが違いすぎるっていうか、前いた会社に、いたのよ、もろ秀才メガネのT大卒って人。なーんか人のこと見下してて、やな感じだったんだ」
 そう言うと杉本はビールのジョッキを空ける。
「俺も、彼女のが頭よくて、大学もランク上とか、付き合いづらいかなあ」
 阿川が頷いた。
「ええ、阿川なんて、そしたら、彼女作るの無理じゃない?」
 杉本がからかい、「何だよ、それ!」と阿川が抗議すると、みんながわっと笑う。
「でもさ、良太さんもT大だったよね?」
 森村がそう言って良太の顔を見た。
「え?」
 またも意識を工藤に飛ばしていた良太はぼんやりと顔を上げた。
「え、うそ! 広瀬さん、T大?」
 ちょっと遅れて杉本が驚いた。
「広瀬さんが? まさか」
 阿川や平瀬も目を丸くして良太を凝視する。
「ってか、ぜんっぜん、そういう感じないし、広瀬さん!」
「だからいろんな人いるし、大学だけで判断しない方がいって」
 喚く松下に、森村が言った。
「若者たち、盛り上がってるねえ」
 良太の背中合わせに座っていた宇都宮が振り返って、唐突に割り込んだ。
「何? モリー、彼女できたの?」
 すると森村は「はい!」と宇都宮に笑顔を返す。
「いやあ、羨ましいねえ。みんな、彼氏、彼女、いるの?」
「いませーん! 宇都宮さん、私立候補しまーす!」
 松下が挙手して宣言した。
「ええ、私も!」
 杉本まで松下に続いた。
「何、言ってんだよ、お前ら身の程を知れえ!」
 平瀬や阿川がげらげら笑う。
 そこでちょっとした言い争いが始まったのを横目に、「良太ちゃん、大丈夫? 何か、疲れてるね」と宇都宮は声をかけてきた。
「あ、いや、まあ、こんなもんです」
 良太は無理やり笑みを浮かべた。
 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます