霞に月の71

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「第一俺なんか、てんでそんな力もないし、あれは俺の黒歴史なんで、ほんと」
 すると天野は、「すみません」と頭を下げる。
「わかってます。広瀬さんのせいだとかではないって。ほんと今は、こうやって話が出来て嬉しいです」
「え、いや、こちらこそです。ドラマではお世話になります」
 良太も頭を下げる。
 それから二人してわけもなく笑い、酒をグラスに注いでまた乾杯をし、明け方まで飲んで良太はもはや何を話したかもわからなかったがいつの間にか眠ってしまった。
「広瀬さん」
 揺り動かされて良太はううと呻く。
「さっき広瀬さんの携帯が鳴ってたんですけど」
 はっきりその言葉の意味を理解できぬまま良太は何とか身体を起こした。
 毛布が掛けられていて、上着もネクタイも外している。
「ポカリ、飲みます?」
 言われて見上げた良太は、ようやく天野の存在に気づいた。
「うわ、天野さん!」
 瞬時に昨夜、天野を部屋まで送ったことや、それからまた飲んだことを思い出した良太は、「え、今、何時ですか?」とあたりを見回した。
「九時になります。さっき携帯が鳴ってて起こさなきゃと思ったんですが、夕べはさすがに飲み過ぎたみたいで」
 良太は二杯くらい飲んだだろうか、あとは天野が飲んだのだろう、テーブルの上のボトルは空になっていた。
「すみません、俺、夕べ調子に乗って飲んだみたいで」
 ポカリのボトルを半分くらい飲むと、良太は慌ててベッドを降りた。
「…っ」
 久々の頭痛に良太は眉を顰めた。
「大丈夫です? 時間」
「ええ、トイレ、借ります」
 あんなに飲むつもりはなかったのだが、天野と話すのは楽しかったし、つい羽目を外したのは、ここのところもやついていたものを吐き出したかったからだ。
 洗面台で顔を洗うと置いてあったペーパーで拭き、良太は鏡を覗き込んだ。
 って、俺、何話したっけ?
 ほんと、調子に乗って、工藤のことをあれこれ口にしたような気がする。
 何、話したんだろ、俺。
 はっきり覚えていない。
 というか頭痛がまだきつい。
「ほんとに俺、図々しく泊めて頂いたり」
「いや全然、またいつでも来てください」
 シャツ一枚の天野は、実にガッシリしていて、最近週に一度は高輪のスポーツジムに通っていた良太などより、ずっと体格がいい。
 しかも滅多に見られない清々しい笑顔を良太に向けている。
「広瀬さんと知り合えてよかった」
「ありがとうございます。俺もです」
 頭痛薬、部屋にあったよな。
 とても満員電車に乗る気にはなれなかった。
「お邪魔しました」
 良太は靴を履くとドアを開けた。
「また、いつでも話、聞きますよ。俺でよければ。工藤さんのこととか」
 じゃあ、と立ち去ろうとした良太に、天野が言った。
 えっ、と良太は思わず振り返る。
 工藤さんのことって、俺、一体何話したんだ?
 だが天野に確かめる時間はなく、良太はネクタイもポケットに突っこんだまま、エレベーターで降りると、世田谷通りに出てタクシーを拾った。

 


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