早朝福岡から羽田に着いた工藤は、会社の前でタクシーを降りると、オフィスに続く階段を上がっていた。
十時まではあと十五分ほどというところで、工藤はちょうどタクシーが会社の前に止まるのを見下ろした。
すると良太が慌てて車を降りてエレベーターへと走っていくのが見えた。
少しばかり逡巡したもののオフィスのドアを開けた。
「おはようございます」
いつものように既に出社していた鈴木さんがにこやかに声をかけた。
「おはようございます」
奥の自分のデスクに落ち着いたところへ、鈴木さんがコーヒーを運んできた時、ようやく工藤は思考が戻ってきたのを感じた。
少しばかり動揺した自分を否めない。
朝帰りか。
だがすぐに工藤の携帯が鳴り、工藤にそれ以上考え込むのを許さなかった。
「おはようございます」
十時に一分ほど残して、滑り込みセーフというところで良太は自分のデスクで息を整えた。
こういう時に限って工藤が既に来ている。
心の中でそんなことを思いながらノートパソコンを立ち上げ、まずはスケジュールの確認をした。
部屋に上がり、猫たちのご飯をやり、水はウォーターサーバーなのでそのままに、慌ててバスルームに飛び込んでざっとシャワーを浴び、着替えて引き出しから胃腸薬と頭痛薬を取り出してポケットに入れ、ネクタイを何とか締めたところで十時五分前だった。
工藤が電話中なのをいいことに、良太はキッチンに立つとコーヒーで薬を飲み込んだ。
自分の席に戻ってから、さっきの天野の言葉が蘇った。
工藤のことって、ほんとに俺、何を話したんだろ。
天野に付き合って飲んだ酒の量は、良太の許容量を超えていた。
一端酔いが醒めた気になったのがいけなかったのだろう。
例の良太の黒歴史を蒸し返されて、天野に言い訳をしたことまでは覚えている。
それから工藤のことって、一体………。
頭の中で何とか思い出そうとああでもないこうでもないとやっていた良太は、「聞いてるのか、良太」と、きつい工藤の言葉にハッと我に返った。
「はい、すみません」
何だかだと文句を言われるのを覚悟した良太だが、工藤はすぐに仕事の話に入った。
森村はここのところ夜にシフトしているので、午後出勤となっている。
良太は金沢での友禅作家宮坂紀香の撮影、『コリドー通りで』のロケやヤザキ製菓の広報との打ち合わせについて、詳細を報告をした。
映画『大いなる旅人』の封切りを控え、明日には制作発表がTホテルで行われることになっており、工藤は午後からその打ち合わせが入っている。
近日中にはプレミア試写会も開催予定で、工藤はここのところいつにもまして忙しく飛び回っていた。
「ヤザキ製菓、ドキュメント、コリドーはお前に任せる。何もなければ連絡を入れる必要はない」
事務的な口調で良太に端的に指示を出すと、「東洋商事に言ってくる」と言い残して工藤はオフィスを出て行った。
「ほんとにお忙しいばっかねえ、工藤さん。今朝、福岡からお帰りになったばかりなのに」
工藤を見送った鈴木さんが、ため息交じりに言った。
「ほんとにお身体に気を付けて頂かないと」
「そうですね」
良太も鈴木さんに同調するようにため息を吐いた。
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