Summer Break38 ラスト

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 何だかわからなかったが、その夜の工藤は割と酔っていたのか機嫌がよさそうに思えたものの、別荘に帰ってから猫の世話を済ませて翌日帰る準備をしていた良太の部屋を強襲して、やたら良太に絡んできた。
 良太としてもせっかく東京を離れて二人きりでいるのに、珍しくいい機嫌の工藤に乗せられない手はなかった。
 工藤の執拗なキスに蕩ける頃には、良太の思惑も何もすっかり消えていた。
 翌日、朝食を知らせる杉田の電話で起こされるまで良太は工藤にくっついて爆睡していた。
「良太ちゃん、夕べのパーティで、お疲れみたいね」
 テーブルについてから、ついふわあと欠伸をしてしまった良太を見て、コーヒーを置きながら杉田が笑った。
 慌てて口を閉じた良太の向いでは、コーヒーを片手に工藤が新聞を広げていた。
「ぼっちゃん、新聞を読むのはお食事のあとに」
 杉田の苦言に、工藤は不承不承新聞を閉じた。
 スクランブルエッグにミネストローネの香りをかぐと、途端に良太の食欲が反応する。
 ヨーグルトまで一気に平らげた良太の前で、のんびりと食事を終えた工藤は、また新聞を広げた。
 そんな工藤をちらりと見ながら、良太はこのままこんな風にゆったりとした街の空気を感じていられたらなと、ふと思う。
 平造はまた畑に行っているらしい。
 そうだと思い出したのは、会社のリノベのことだった。
 あれからモリー何も言ってこないけど、大丈夫だったよな。
 気になってジーンズのポケットから携帯を取り出した良太は、パーティの時に電源を切ったままだったことに気づいて慌ててオンにした。
 途端、携帯が思い切り震えて良太は驚いて落としそうになる。
「はい、あ、はい、明日の、わかりました、では十時三十分に伺います」
 続けさまに二本電話が入ったが、どちらも電話が繋がらなかったのでアポの確認だった。
 森村からはリノベは無事終わったというラインが入っていたが、良太はマナーモードを解除して森村に電話を入れた。
 気付くとリビングでは工藤が電話の相手に向って怒鳴っていたし、その頃には良太もすっかり仕事モードに戻っていた。
 カンパネッラで遅いランチをとってから別荘に戻ると、待っていた平造が大きめの段ボール箱一杯の畑でとれた野菜を、車のトランクに入れた。
 工藤の運転で四時過ぎにようやく別荘を後にした車は関越に乗ると快適に走り続けていたが、首都高に近づく頃、事故渋滞に引っ掛かった。
 イライラと徐々に機嫌が悪くなる工藤に倣うように、後部座席の猫たちも鳴き始める。
 良太も工藤の苛つきが乗り移ったかのように表情を渋くした。
 猫たちの鳴き声もだが、それだけでなく、別荘を出る間際、杉田が猫たちのケージの横に置いてくれた大きな紙袋の中身が気になっていた。
「冷凍してあるから、明日、皆さんで召し上がってね」
 こそっと良太に耳打ちした、その紙袋の中身は、工藤のバースデーケーキなのだ。
 冷凍してあるとはいえ、車の中はエアコンが効いているとはいえ、長時間このままの状態だとまずい。
「まだですかねえ。こんな時に事故とかやめてくれよな」
 思わず良太の口から文句が零れる。
「フン、渋滞は想定内だろうが」
 ハンドルを指で叩きながら自棄気味に工藤も文句を言った。
 幸か不幸かそれから二十分ほどで渋滞は解消したので、良太もほっと胸を撫で下した。

 

 工藤が出先からオフィスに戻ってきたのは翌日のちょうど三時頃だった。
 軽井沢を出た頃から工藤にしては機嫌がよかった。
 でなければ首都高の渋滞にあった時も怒鳴り散らしていたかもしれない。
 図らずもそのわけは軽井沢で少しなりとも良太が成長し、周りに認められているということを実感したことにあった。
 入社当初からというよりおそらく幼い頃からなのだろう、相手がどんな相手だろうと社会的地位があろうがなかろうが良太の態度は変わらない。
 スポンサーの会社で社長に意図せずずけずけものを言って、ムッとさせてもへらっと笑う良太にはいつの間にか懐柔させられているなどということもあった。
 その反面、相手が不遜だと顔だけでなくすぐぽろっと本音が出てしまうのだが、相手を怒らせてからしまった、というタイプだ。
 お陰で工藤はどれだけ東奔西走させられたかしれない。
 理香が勝手に良太を紹介した相手の名刺を工藤に見せた時も、それなりの地位がある相手ばかりだったが、社長も課長も良太にかかるとどれもこれも人ごっちゃらしい。
 それを思い出すと工藤は失笑しないではいられない。
 そんないい機嫌で出先から戻った工藤をオフィスで待ち受けていたのは、辛うじて無事にお披露目された杉田作の工藤のバースデイケーキだった。
「お誕生日おめでとうございます、工藤さん!」
 そして満面の笑顔を浮かべた鈴木さんを筆頭に、ちょうど撮影の合間に戻ってきた秋山とアスカ、それに打ち合わせで立ち寄ったプラグインの藤堂、お遣いでやってきた佐々木オフィスの直子とともに、お茶を入れようとポットを持って立っている森村の横で良太が工藤を出迎えた。
 にんまりな良太を見た工藤は、この野郎! と喚きたいところを客人の手前ぐっと堪えた時、眉間の皺が数本増えたのをはっきり確信したのだった。


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