「まだ公にはしないから、こっちにくるんだろ。とりあえず俺らに会っておきたいだけじゃないか」
工藤は軽く言う。
「あと、沢村はお前が窓口だから、沢村へのオファーもあるんだろ」
「はあ」
工藤は明後日から『大いなる旅人』のドラマ撮影で北海道に向かうので、明日の午後に宮下を迎え撃つことになった。
良太は決戦の前日のように宮下に対しては身構えていた。
どうなるかなんて考えていても仕方がないと、良太がベッドに入ってしばらくした頃、隣のドアが開く音がした。
今夜はいろいろと厄介ごとが山積みの紺野とのドラマの撮影だったはずだ。
ぼんやりとそんなことを考えた良太だが、やがて睡魔に襲われた。
翌日、午後一時過ぎに青山プロダクションを訪れたのは、次期ニューヨーク支社長の宮下だけでなく、東洋グループ広報室長岡林、広報室次長の中平とともに、秘書の野坂を従えた東洋商事社長の紫紀である。
五人は三階にある滅多に使われない応接室に通され、工藤と良太が挨拶すると、鈴木さんがお茶と森村に買ってきてもらった『やさか』の和菓子を皆の前に置いた。
「『やさか』さんのお菓子ですね。きれいな細工ですよね」
しゃっちょこばったメンツのお陰で固くなった空気を解すように紫紀が言った。
「ほんと、食べるのがもったいないくらい」
宮下も優し気な笑みを浮かべる。
「『唐紅』、秋限定で、渡月橋の秋をモチーフにされたそうですよ」
良太がひとこと説明した。
昨年もこのメンツが並ぶミーティングに参加したこともあるが、最近、千雪にも段々工藤に似てきたなどとからかわれたり、いつぞや南澤奈々のオーディションについていった時なども、オーディションに来た俳優と間違われて大御所脚本家先生に、ただものじゃないオーラがあるなどと言われたが、要は業界の魑魅魍魎と相対しているうちに、もともと怖いもの知らずのところはあったが、どんな大物でも恐れるという文字は良太の中にもはやなくなったといっても過言ではない。
しいて言うなら、怖いおばさん、宮下を除けばだが。
紅葉を彩ったお菓子が少し緊張感を和らげたところで、宮下の方から具体的な話がなされた。
ニューヨーク支社は九月に操業予定だが、それに合わせた広報プロジェクトは全米対象の一大プロジェクトであり、東洋グループからは中平次長が精鋭チームを率い、青山プロダクション、プラグイン、佐々木オフィスと現地の制作Nプロダクションで構成されることになるという。
「尚、イメージキャラクターには関西タイガースの沢村智弘選手と青山プロダクション所属中川アスカ氏、そしてこのプロジェクト管理とリーダーを広瀬さんにお願いしたいと思います」
宮下の視線が良太の視線と重なった。
「わかりました。沢村選手には早速連絡を取りますが、おそらく快諾すると思いますし、中川アスカには既に承諾を得ております。私も全力で向かいますので、よろしくお願いいたします」
気負いもなく、良太は無駄に固い言葉を使うこともなくさらりと言った。
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