まあ、器にカリカリを入れるくらいだから、工藤にもできないことはないとは良太も思うのだが。
「帰るぞ、良太」
良太がグダグダと頭の中でいろいろ想像しているうちに、工藤がすくと立ち上がった。
「あ、じゃあ、お邪魔しました」
まだ討論会を続けている法医学者らにちょっと挨拶をして、たったか出て行く工藤を良太は追った。
工藤は京助らの分まで支払いを済ませると、バーを出てタクシーを拾った。
「あんな店じゃ飲んだ気がしない。前田の店に寄るがお前も行くか?」
「はい、行きます」
確かに『Ola』は高級感溢れるバーではあったがいかにもセレブ御用達といった感じで、良太もあまりなじめそうになかった。
ここのところいろいろあり過ぎて『オールドマン』へ降りていく階段も久しぶりな気がした。
カウンターで工藤と肩を並べてグラスを傾けるというのも四月からはお預けだよな、と良太は作ってもらったXYZを飲みながらしみじみと思う。
つか、帰ってきた時に俺のポジションってあるんだろうか。
もともとあってないような工藤の傍らというポジションだ。
俺が入社した頃って、田所夫人とかと付き合ってたはずだよな。
秋山が教えてくれた名前は他にはなかったが、イタリアの加絵やルクレツィアのほかにもいたに違いない。
それだけ長い年月ってものがあるからな、工藤には。
東洋商事のニューヨーク支社の仕事もあるわけだから、三か月じゃ済まないだろうこともわかっている。
あっという間に半年とか経ってたりして。
いやいや、うちの会社の内情を考えると、俺がそんなに長期間留守にするって、きついよな。
「新入社員、とか募集かけないんですか? 俺がいない間、やっぱ大変ですよね」
不意に思っていたことを良太は口にしてしまった。
すると工藤は「さっき香坂が言ってたろうが。何度か募集かけたが、入ったのはお前くらいなんだよ」とフンと鼻で笑う。
「ドキュメンタリーの方はヤギと話ついてるのか?」
工藤が聞いた。
「はい、とにかく撮りダメしようってことになって、スケジュール調整してるとこです」
せっかくドキュメンタリー番組としてはそこそこの視聴率を取っているし、地味だがスポンサーや局側の評判も悪くなく、四月からも引き続き放映が決まっている。
「二件ほど、アメリカ在住の職人さんとか取材させてもらうことになってます。人形師でニューヨーク在住の勝野さんと、琵琶奏者の末永さんのボストン公演がちょうど五月にあるので、ヤギさんもなんとか行くって言ってて」
「まあ、無理はするな。焦って下手なものを作っても意味がない」
「はい」
それからもう一杯ずつ飲むと店を出て会社へと向かった。
「猫のメシのこととか教えておけ」
部屋に戻った良太が、遅かったと非難するようににゃあにゃあ鳴いてまとわりつく猫たちに、とりあえず上着を脱いだ状態のまま慌ててご飯を用意していると、知らぬ間にドアが開いて、工藤が立っていた。
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