「ニューヨーク行きのことばっかで浮かれてて、ここんとこ地に足ついてないぞ、俺」
ちょっと引き締めないとと、良太は呟き、ノックしてからドアを開けた。
「代わりがいるんじゃないのか!」
途端工藤の怒号が響き渡る。
「ストックの一人や二人確保しておけ! 何年この仕事やってるんだ!」
うっわー、身につまされるような内容。
どうやら誰かが何らかの理由でドタキャンして、その代わりが確保されていないらしいと良太は推察した。
ってか、まさか明日の撮影?
ってこの時間でどうすんだよ。
「こっちでも当たってみる!」
声高に言うと忌々しそうな顔で工藤は携帯を切った。
「ったく! 泣きつく前に予防線を張っとけ! バカやろ!」
切った後も工藤は怒りが収まらないようだ。
「あの、何か、あったんですか?」
藪蛇になる可能性も承知で良太は恐る恐る工藤に声をかけた。
「君塚のバカが、代わりを用意してなかったんだ。端役だからって気を抜くからだ」
憤慨しつつも工藤はタブレットを覗き込んだ。
「明日の、撮影ですか?」
「田口洸さんクラスで誰か空いてないか? 主演の野沢のスケジュールがタイトで、時間の猶予がない」
「え、田口さん!?」
工藤がさん付けするくらいのベテランバイプレーヤーだが、少し癖のある演技が印象深い役者だ。
「階段から転げて骨折したんだと」
「えええ、それはお気の毒に………ちょっと待ってください」
良太は持ってきたノートパソコンを開いた。
「恵木和重さん、とか?」
「恵木?」
すると、工藤は渋い顔をした。
田口洸よりは若手だが、ベテランの域に入った名バイプレイヤーだ。
だが以前、撮影中に工藤と口論になったことがあり、「あんたのドラマには金輪際出ないからな」と捨て台詞を吐いて出て行った恵木を、それ以降キャスティングしたことはなかった。
「恵木は首を縦に振らんだろう」
「ああ、聞きましたよ、恵木さんに、前、工藤さんと喧嘩になったって。でも、恵木さん、後になって考えてみれば工藤さんの言ったことがもっともだったって」
良太は工藤の渋い顔を見ながら言った。
スタジオで撮影中に、廊下でたまたま通りかかった恵木と仲のいい俳優が雑談していた時に良太が挨拶したことがあり、工藤との喧嘩の話になったのだ。
「煙草がダメな女優さんとの撮影に、休憩中煙草吸ってから臨んだりしたから、相手の女優さんが演技にならなかったのは、自分が悪かったって言ってました」
自分も煙草を吸わない人間ではないので、休憩中くらいリラックスするために吸うのを非難するわけではない。
だが、喉が弱く煙草がダメで臭いだけでも咳が出ることがあるという女優の相手をするのに、もう少し考えたらどうだと工藤が怒鳴りつけたのだ。
それに対して恵木は言い返したわけだが、良太にしてみれば、工藤さん、言い方もあるって、とは思うのだ。
「オファーしてもいいって言われてたし、まあ、ちょっとこんな時間だからわからないけど、俺、電話してみますよ」
そろそろ午前零時になろうという時刻だが、相手は三回のコールで出た。
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