「夜分にすみません。青山プロダクションの広瀬と申しますが」
すると「おや、良太ちゃん!? や、全然、大丈夫! 今から河岸を換えようって言ってたとこ。良太ちゃんも来る?」と、一杯機嫌の恵木の後ろから酔っぱらいの声も聞こえて、飲み屋にいるらしいことがわかる。
「………や、お楽しみのところお邪魔したみたいで、またかけ直します」
酔っ払っていては朝からの仕事の話などできそうにないと、良太が切ろうとすると、「ちょ、待った! 何、こんな時間にかけてくるってことは緊急なんじゃないの? よかったら聞くけど?」
良太はそれを聞くといちかばちか、切り出してみた。
「朝からかあ。うーん、まあ、これで切り上げれば平気じゃない? うちの矢島くんに言っとくから、どこに何時に入ればいい?」
案外、軽く恵木は引き受けてくれた。
「大丈夫。俺は失敗しないから」
どこかのドラマのセリフのようなことを言って携帯は切れた。
「おい、恵木は大丈夫なのか?」
良太が電話を終えるなり、工藤は聞いた。
「大丈夫だと思いますけど、恵木さん、受けた仕事はきっちりやるって豪語してたし」
するとまだ渋い表情のまま、工藤は君塚を呼び出し、恵木が受けてくれたことを告げた。
「ほんとですか!?」
君塚は良太が聞こえるくらいに携帯の向こうで声を張り上げた。
「ありがとうございますう! 私もう、工藤さんに足向けて眠れません!」
大仰に感謝の意を伝える君塚に、「俺じゃない、良太だ」と工藤が言うと、「えっ! わあ! 広瀬さーん! ありがとうございましたあ!」と一段と大きな君塚の声が携帯から聞こえた。
工藤は携帯を離し、「うるさい!」と怒鳴りつけて切ってしまった。
「何とか恵木さんつかまってよかったですね」
「君塚のやつ、上とぶつかってばっかで、集中力が足りないんだ」
工藤は忌々し気に言った。
「大きい会社だと大変ですよね」
小さくても工藤とぶつかることは多いが、大きな組織の中でのしがらみなどとは無縁だから、結構好き勝手させてもらっていられるんだ、などと良太は改めて思う。
それから翌々日のフジタ自動車東京本社での打ち合わせのことを工藤と少し話したが、代役探しもあって既に夜中の一時を回っていた。
房総半島に向かうのだから工藤の睡眠時間も三時間あるかどうかだろう。
「朝、タクシー呼んでおきます。もう睡眠時間なくなっちゃいますから、寝てください」
良太は時間を確認しながら立ち上がった。
「明日はスタジオか?」
「はい、昼前くらいに入ればいいので。これ、朝、どこかで食べてください」
テーブルに置いたサンドイッチと缶コーヒーが入った袋を指してそういうと、良太は自分の部屋に戻った。
忙しくても隣に工藤が帰ってくるとか、向こうに行ったらそういうのもないんだよな。
ネットでタクシーの予約をすると、ベッドに入りながら、良太はまたニューヨークに行ったらなどと考えてしまった。
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