月澄む空に154

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 昔ヤクザの組員だった男を尋ねて勝浦の海まで逃走してきた男がクルーザーで沖へ出て行くという設定で、明け方からドラマの撮影が行われていた。
 恵木は現場に入ると、工藤を見てちょっと頭を下げただけで、しきりと頭を下げる君塚から台本をもらってロケバスに乗り込み、集中していた。
 いよいよ出番になると着替えて出てきた恵木は、一癖ある初老の男を渋い演技で一発で撮り終えた。
 車で恵木をつれてきたマネージャーの矢島は、しばらく君塚と話をしていたが、恵木を他の役者とともにロケバスで送り届けてもらうように頼むと、やがて別の役者のところへと向かった。
 自分の出番を終えて、次の撮影をぼんやり見ていた恵木のところへやってきた工藤は、「急な仕事で申し訳なかった」と言った。
「いや、前に喧嘩別れみたいなことになったが、後で考えたら俺が悪かったんで、一度あんたに謝らなけりゃと思っていました。こちとら短気で申し訳なかった」
 恵木は率直な言葉で詫びた。
「こちらこそ、昨今怒鳴りつけるばかりのプロデューサーは流行らないと言われるが、どうも性分はなかなか治らない」
「それはお互い様ってことですな。しかし、いい跡継ぎを育てていなさる。広瀬さんのことはよく仲間内で話に上がります」
 工藤は苦笑した。
「怒鳴りつけても食って掛かるようなやつで、まあ、時に、負うた子に教わるを地で行ったりすることもあったりで」
 すると恵木も声を上げて笑った。
「工藤さーん」
 君塚がクルーザーの前で呼んだ。
 工藤はちょっと恵木に会釈すると、君塚のところに向かった。
「ここ、楠くんが車で追いかけてくるとこなんですけど」
 楠はちょい役ながら、ちょこちょこと何度か顔を出すことになり、この勝浦でも出番があった。
 いつぞやの飲み会の後くらいから、工藤に怒鳴られながらも役以外でも反抗的だった態度を少し改め、ちょい役にも全力投球するようになった。
 君塚とも時折、演技のことで話をしているようだ。
 自分で何とかしようと思えるやつは、成長していくもんだ。
 工藤は君塚や楠を見ながら思う。
 フン、恵木さんと同じような境地ってことは、年を取ったってことか。
 自嘲しながら、明けていく海の色の鮮やかさに工藤は目をやった。
 ちゃんとサンドイッチ、食べたかな、工藤さん。
 オフィスでそんな工藤を気にしながら、コーヒーを入れた良太は、森村と鈴木さんにコーヒーを持って行った。
「あら、ありがとう。今日は早いのね」
 鈴木さんが自分のデスクでパソコンを立ち上げながら言った。
「はあ、まあ、たまには」
 良太はハハと軽く笑う。
「今日、工藤さん、勝浦でしたっけ?」
 森村が聞いた。
「そう。明け方からロケだって」
「いいなあ、俺も海、行きたい」
「モリー、朝も強そうだもんな」
「まあ、訓練のお陰で、朝もきっちり起きます」
 確かに森村は朝からぼんやりしていたりということがない。
「俺も高校球児で、朝練とかしてたのにな、最近、全然朝はダメ」
 良太は遥か遠くなった野球に明け暮れていた日々に思いを馳せた。

 

 


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