月澄む空に161

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 監督に挨拶をしてしばらく撮影風景を見ていた千雪は、いつの間にか帰ったらしかった。
「あれ、小林先生、もう帰られたんですか?」
 天野は少し話をしたかったようだが、「あの人神出鬼没だから」などと良太は答えた。
「残念。打ち上げの時は、ぜひ先生も呼んでくださいよ」
「一応、頭に入れときます」
 工藤ほどではないが、千雪は小林千雪として顔を出すのが嫌なのだ。
 いっそ、コスプレをやめてしまえば楽なのだろうが。
 でもあの人、周りの反応見て面白がってるからなあ。
 まだまだやめる気配はない。
 森村と帰る時も英語で会話するなど、良太にとって森村は非常に有難い存在だ。
 その夜、工藤は午前零時までには帰らなかった。
「こっちに帰ってくるのかな」
 どのみち朝食をとったりしないだろうと、工藤の分も用意をすることにして、猫たちと遊んでいた良太だが、そのうちうっかり寝落ちして真夜中一度目を覚ましてベッドに潜り込んだ。
 

  

 秋晴れの気持ちのいい朝だったが、フジタ自動車の東京本社に向かう途中、事故渋滞にあい、赤信号に引っ掛かった。
「うわ、また赤だ。何度目だよ」
 今朝は明け方帰ってきたらしい工藤に起こされて、良太は慌てた。
「うっわ、しまった! 目覚ましかけるの忘れてた!」
 それでも朝食をてきぱきと用意し、ギリで会社を出たのだが、何度も赤信号に引っ掛かり、良太は苛ついていた。
「焦るな。事故るぞ」
 後部座席でようやく電話を切った工藤が言った。
「はい……」
 向こうに着くのはほとんどギリかも知れないが、工藤は余裕でまた電話をかけ始めた。
 自分の車運転する時なんか、ビュンビュン飛ばすくせに、とは思うものの、こういう渋滞気味の時は事故が起きやすいのは確かだ。
 ようやく車が流れ始めたので、良太はちょっとほっとしてアクセルを踏んだ。
 奈々と谷川とは本社ロビーで会うことになっている。
 駐車場に車を滑り込ませ、ロビーに上がっていくと、既に谷川と奈々が待っていた。
「おはようございます。すみません、遅くなりました」
 良太は二人に声をかけながら歩み寄った。
「おはようございます。我々も五分ほど前に着いたところです」
「おはようございます」
 今日はおとなしめのピンクのスーツを着た奈々ははじけるような笑顔を見せた。
 受付で青山プロダクションの広瀬だと告げると、すぐに高層階行きのエレベーターに案内された。

 


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