「フン、まあ、いいんじゃないか。明日は何時頃そっちを出るんだ?」
「うーん、予定では五時くらいに出られればと思ってますけど」
「気をつけろよ」
いつものようにそこで携帯はブチッと切れたが、ややあって、え、もしかして心配してくれたりとか? と思ったものの、いやいや、工藤がわざわざそんな親切な電話かけたりしないって、と首を横に振り、良太はまたタブレットに向かい直した。
その男を見たのは昼頃のことだ。
世田谷のスタジオで『検事六条渉』の撮影があり、工藤は朝から顔を出していたが、撮影は順調だった。
主演のひとみと担当刑事役の天野が秀逸な演技を見せているだけでなく、二人に感化されたように、脇を固める俳優陣も力が入っているようで、全体のチームワークもいい感じで撮影が進んでいた。
「山さん、なんか乗ってますね」
休憩中、古参の刑事役で天野と絡む小宮山寿史をはじめベテランの俳優らが笑いあっているのを横目に、電話が入った工藤はスタジオを出た。
その時、隣のスタジオから若いタレントと一緒に出てきた男の顔に工藤は見覚えがあった。
在京のキー局MBC時代、工藤のいくつか先輩にあたるプロデューサーで富田といった。
ただし、懐かしいとは真逆の会いたくもない相手だったので、工藤は必然的に顔を背けた。
片っ端から功績を後輩の工藤にもっていかれ、自分の担当する番組は鳴かず飛ばずだったのが極力気にいらなかったらしく、工藤の顔を見れば嫌味かいちゃもんをつけるかどちらかだった。
当時は実力もあり、工藤を後押ししてくれていた先輩鴻池がMBCを辞めて父親の会社に入ったのを機に、工藤がMBCを辞めて会社を興したのと前後して、富田も辞め、トミタエンタープライズという芸能事務所を興したことは風の噂で工藤も聞いていた。
というのも華々しい活躍も聞かず、むしろモデルを使って風俗まがいのことをさせているとやらキナ臭い話しか流れてこなかったからだ。
スタジオから出てきたところを見ると、一応は仕事らしい仕事もしているようだとは思ったものの、名乗り合うような間柄ではない。
やがて富田のことは工藤の脳裏から消えていった。
その日の夕方、ほぼ撮影が終わりかけた頃だった。
「きゃああっ!」
次のカットに入る直前、ひとみがマネージャーの須永と話しながら歩いていた時だ、ひとみの目の前にライトが落ちてきたのだ。
スタジオ内は騒然となった。
「おい、大丈夫か!」
山根監督と話していた工藤はすぐにひとみに駆け寄った。
「怪我は?」
「びっくりしたあ。大丈夫だけど」
しばし言葉がなかったひとみだが、工藤の声にようやく落ち着いたようだった。
「何でライトが落ちるんだ!」
工藤の怒号がスタジオ内に響いた。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
