月澄む空に85

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 いい加減泳ぎ疲れてプールから上がると、工藤はシャワー室に入った。
 全く俺としたことが。
 もう少しで良太が天野といるらしい店を聞き出して乗り込んでいくところだった。
 沸騰した頭をクールダウンさせるべく、ここ高輪のマンションに入っているスポーツクラブにやってきたのだ。
 会社の部屋に戻っても良太の顔を見たらまた何か言いたくもないことを口にしそうだった。
 頭に血が上って部下の付き合いをぶち壊そうとするとか、お粗末にもほどがある。
 ましてやただ出演者の頼みに付き合っただけかも知れないわけで。
 天野は良太を狙っているとか、良太のことになるとつい色眼鏡で見てしまう。
 いや、俺の勘は外れないと、頭のどこかで繰り返してはいるのだが。
 あのやろう。
 さっき自分のお粗末さを罵ったばかりなのにこれだ。
 工藤は頭を振り、スポーツクラブを出ると、一旦自分の部屋に戻ってから、近くの小料理屋に足を向けた。
 『津軽』は女将の郷里からつけたらしく、みょうがやキュウリの酢の物や、こごみの胡麻和えなどの山菜料理やけんちん汁などが次々と出てくる。
「今日はおひとり?」
 女将は裕美というアラフォーの津軽美人で、有名商社を辞めて店を開いたという。
 ジムの帰り、何度か良太を連れてきたことがある。
「はい、ホタテのみそ焼き」
 貝殻を器にネギを散らしたホタテが旨そうだ。
 熱燗をやりながら、今度は良太を誘ってくるかと、もう良太の顔を思い浮かべている。
 確かに旨いが、旨い旨いと熱々のホタテを頬張る良太を見ながら飲む方がよほど旨いに違いない。
 明日明後日はMBCのドラマ撮影で、品川ふ頭でのロケが入っている。
 君塚も納得いくまでやらないと気が済まないたちだから、おそらく真夜中までかかるだろうことは想像できる。
 監督も若手だが、君塚とは時に激しい言い争いになりつつもあれでうまくいっているのだろう。
 若い連中がそうやって伸びていくのを見るのは小気味がいい。
 良太もひとみにせよ西野にせよ、いい役者に揉まれて成長している。
 紺野の仕事でなければ、どちらかというと良太の仕事ぶりを見ていたいものだと、工藤は思うのだが。
 一人の部屋に戻ってきた工藤は、翌朝、良太の絶対作るぞと頑張っている朝食を食べ損ねたことを少しばかり後悔した。
 たまに玉子が多少焦げていても、サラダのトマトの切り方が下手くそでも、どうせドレッシングをかけてしまえば、腹に入ってしまえば切り方などどうでもいいのだ。
 朝、とにかく何か食べてくださいよ!
 良太の声が聞こえた気がして、『津軽』からの道すがら工藤はコンビニでサンドイッチなど買ってきてしまった。
「やっぱり、明日は向こうに帰るか」
 工藤は自分の言葉に苦笑した。

 


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