月澄む空に86

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 ここ数日秋晴れというにふさわしい天気が続き、部屋を出た良太は高い青空を仰いで清々しい気分でオフィスへと降りて行った。
「おはようございます」
「おはようございます。お客様があるので、ゴルフセット向こうのソファに置きましたよ」
 鈴木さんに言われて良太はしまった、という顔で「あ、すみません!」と謝った。
「上に持っていこうと思いながら」
 夕べは天野が送ってくれたそのまま自分の部屋に戻ってしまったのだ。
「いいのよ。秋山さんとアスカさん、今度のCMの打ち合わせですってよ」
「ああ、カントリーの緑茶の」
 ここ数年アスカが出演する緑茶のCMが好評だ。
 上司役のアスカが新人男性社員にあれ用意しておいて、と命令口調で言うシーンが妙に人気を博している。
 男性社員の憧れる上司設定が受けているらしい。
 そのせいかどうか、アスカが出演するCMの本数が年々増えていて、去年はベストテンにランクインした。
「お忙しいところすみません」
 やがて代理店の担当者と制作会社の若いディレクター二人がやってきて、窓際の大テーブルでミーティングを始めた。
 これから映画のロケで北海道に発つというところへ、スケジュールに変更があったらしく急遽会社の方へやってきたということのようだ。
 午後イチで『パワスポ』のミーティングが入っている良太は、午前中たまっている書類作成をやってしまうつもりだった。
 するとひたすらキーボードを叩いていた良太の携帯がブーブーと鈍い音を立てた。
「東洋商事の打ち合わせが前倒しになった」
 工藤だった。
「MBCのプロデューサーで君塚ってのがそっちに行くが、そう伝えといてくれ」
「はい、わかりました」
 良太が何か言う間もなく、電話は切れていた。
 素っ気ないのはいつものことだが、夕べも顔を会わせてないのにと、もやもやまではいかないが、もや、くらいのわだかまりが良太の中に残る。
 ま、今更か。
 工藤のことを考えると、せっかく調子よく進んでいた書類がつまずくこと請け合いなので、頭の中でとりあえず遮断する。
 君塚っての、が現れたのは、打ち合わせが終わってアスカと秋山らが立ち上がった時だった。
「工藤さん、いらっしゃいますか?」
 鈴木さんが応対に出たその女性が言った。
「工藤はあいにく外出しておりますが、お約束ですか?」
「はい、MBCの君塚と申しますが」
 それを聞くと、良太ははっとして立ち上がった。
 MBCのプロデューサーで君塚っての、はてっきり男性だと良太は思い込んでいた。
 パンツスーツがよく似合うベリーショートのスラリとしたその女性を、良太は思わず凝視してしまった。

 


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