夢見月64(ラスト)

back  top  Novels


「二人とも、気を付けてね」
「はい、猫たちのこと、よろしくお願いします」
 ちょっと涙目の鈴木さんに送られて、二人はオフィスを出た。
 飛行機のチェックインはネットで済ませてあるので、二人はタクシーで成田へと向かう。
「俺の高校とか大学とか、ガキの頃から世話になってるオヤジさんの店、案内します!」
 工藤との別れがあっけないものだったことに、ちょっとセンチメンタルしていた良太だが、機内でも互いの子供の頃からの話で盛り上がり、何とも楽しい旅となった。
 途中、一足先にニューヨークで新生活を始めている直子から、歓迎パーティしよう、というラインのメッセージが入った。
「直ちゃん、すっかり向こうの住人になってる」
 機内食も美味しくいただき、いつの間にか熟睡していた二人だが、やがて到着まであと一時間という頃になって目を覚ました。
 以前、お使いに来た時は、ここがニューヨークか、などと感慨にふける間もなくとんぼ返りだったが、いざJFKに降り立った良太はわくわく感に心を弾ませた。
 部屋着いたら工藤に連絡しよっと。
 朝の九時くらいか、すげなく切られるのが関の山だろうけど。
 二、三日前、平造からも連絡をもらったが、その時、良太が、自分がいない時、工藤の食生活がまた乱れるのが気がかりだと告げると、平造はたまに上京してみると言っていた。
 ご老体に鞭打って来てもらうのは非常に申し訳ない気もしたが、良太が言わなくても平造は工藤を気遣ってやってくるのではないかと思う。
「あ、あの人ですよ、きっと」
 ぼんやりまた工藤に思考を飛ばしていた良太は、森村の声に顔を向けた。
 森村の視線の先に、黒のスーツで隙のないがっしりした長身の男が歩いてくるのが見えた。
「広瀬さん、森村さん、ですね? ケント・イシイです」
 サングラスの男は年齢はわからないが顔は若いのに臈長けて見えた。
「こちらです」
 二人はイシイの車に乗り、いよいよ夕刻のニューヨークへと向かった。

 
 工藤がオフィスの上にある部屋に戻ってきたのは、午前零時を回った頃だった。
 今頃、良太は飛行機の中である。
 森村を一緒に行かせたのは正解だったな。
 それによって、しばらくは工藤は体がいくつあっても足りない状況に陥りそうだが、そんなことはどうでもよかった。
 グラスにラム酒を注ぎ、知らずタブレットでスケジュールを見ていた。
 五月の連休明けあたりなら、何とかなるか。
 画面を睨みつけながら、体がいくつあっても足りないはずの工藤が、無理やりスケジュールを空けてニューヨーク行きを企んでいるなどとは、誰も思いもよらないだろう。
 ふと窓に目をやると、そんな工藤の企みなどに構うことなく、満月を過ぎ、欠けていこうとする月が煌々と誇らしげに東京の街を見下ろしているのだった。

 


back  top  Novels